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第25話

 あわてるな、と自分をなだめて肉じゃがを盛りつけた大皿をテーブルに運ぶ。大奮発したブランド和牛も、もっちりした品種のジャガイモも甘辛いヴェールをまとい、燦然と輝く。彩りに三つ葉をあしらった点など、あざといほどに心憎い。  これを作った人間は、ほんの一週間前は菜切り包丁と出刃包丁の見分けもつかなかったなんて誰が信じる?  羽月はソファとテーブルの間にちょこんと座った。座面に寄りかかるふうで腰をずらすと、二の腕で膝小僧をさわさわすることができるというベストポジションだ。  涼太郎は、といえば。いただきます、と手を合わせてから肉じゃがに箸を伸ばした。  たいがいのグルメリポーターは、料理を口にするかしないかのうちに感想をしゃべり散らす。かたや、じっくりと味わってからコメントするのが涼太郎の流儀とみえて、ひと口目をもぐもぐし終えるのにやけに時間をかける。  自然と焦らされる形になり、羽月はプルタブをもぎ取る勢いでお持たせのビールを開けた。M大の合格発表の日より手汗がすごい。ペニスの品評会に出席したように前のめりになって、言葉が発せられるのを今か今かと待つ。  つづいて、ふた口目。喉仏が上下するのにともなって心臓が跳ね狂う。果たして及第点をもらえるのか、それとも伝説の〝ちゃぶ台返し〟が炸裂するとともに、こき下ろされるのか。  頭の中でドラムロールが奏でられ、ビールがこぼれたことにも気づかずに缶をへこませる。 そして三口目といくところで、涼太郎が照れ笑いを浮かべた。 「がっついて、みっともない姿を見せた。ただ豪語するだけのことはある。これまでの人生で最高に美味い肉じゃがだ」 「マジ……で?」 「掛け値なしに絶品と呼ぶにふさわしい」 「本気の本気で?」 「俺は、お世辞は苦手な性分だ」  裁判所から飛び出してきた冤罪被害者の支援グループが、勝訴と大書した紙を掲げる、あれの変形バージョンだ。 〝花丸〟と刺繍をほどこした六尺ふんどしが翻る場面が、3D映像さながらくっきりと目に浮かぶ。羽月は緊張の糸が切れた反動で、仰向けにひっくり返った。苦節一週間、白魚のように美しい指を傷だらけにしてジャガイモと格闘した甲斐があった。  余談だが、日増しに(くま)が濃くなるにしたがいフェロモンのコントロールが利かなくなり、すり寄ってきたペニスはしっかり食べた。  そこで、ハッと気づいて跳ね起きた。一点豪華主義といえば聞こえがいいが、おもてなしの料理が肉じゃがのみではわびしいし、不自然だ。  しかし、ぶっつけ本番でもう一品こしらえるなど、羽月の料理スキルではスワンボートで太平洋を横断するようなもの。だが「美味い」と、もういちど言ってほしい。名器ぶりを讃えられる以外のことで褒められるのが、こんなにも嬉しいことだなんて目から鱗だ。

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