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第42話

   ところで攻撃は最大の防御という。羽月は両手を額の前で打ち合わせ、 「この間はごめんなさい、このとおり心の底から反省しています」  一転して身を乗り出した。先日来、頭にこびりついて離れなかったものが最大限に膨れあがって、我慢の限界に達したのだ。 「〝Sさん〟」  スプーンがカップに落下して、茶色い飛沫がテーブルに散った。 「Sさんて同じゼミの子? それともバイト仲間の誰か? 告るとかしたの」 「ノーコメント、この話は終わりだ」  ぶっきらぼうに答えると、ことさら勢いよく焼き芋にかぶりついた。必然的に喉に詰まらせたものをコーヒーで流し込み、尚更むせた。 「ダセぇの。背中をとんとんしてあげよっか」  羽月は素早く立ちあがり、ところが慣れない正座に足が痺れている。見事によろけて、テーブルの(へり)にむこうずねをぶつけた。勢いあまってバランスを崩し、気がつくと涼太郎の膝の上にちょこんと座っていた。 「ごめん。今、どく!」  涼太郎は、ちょうど足を崩しかけていた。図らずも胡坐をかいた間にすっぽりと尻がはまる形になって、好機到来。ようやく胸に甘える段階にこぎ着けた、と思うと感慨深いものがあり、にもまして離れがたい。涼太郎が身じろぎするにつれて前髪が吐息にそよぎ、うれしさと恥ずかしさをない交ぜに頬が紅潮する。  などと、百戦錬磨のビッチのくせに乙女的反応を示す自分がちゃんちゃらおかしくて、砂を吐きそうだ。羽月はシモの毛を梳いてあげるときのように、婀娜(あだ)っぽい手つきで伊達眼鏡を外した。さんざん苦杯を嘗めさせてもらったお礼に、さしあたってキスをせしめてみせようじゃないか。  あえてうつむき、はにかんだふうに上目をつかう。駄目元でフェロモンの放出量を増やし、腰をあげる体でさりげなく股間付近を尻で掃くと、一瞬ためらうそぶりがあったのち、突きのけられた。 「尻餅つかされた。ひどい……」 「すまない。つい反射的にというのは言い訳にもならないが先輩はいい匂いがして、いや、いい匂いというのは男性に対して不適切な表現にあたるか。だから要するに〝面〟を打ち込まれたさいに、はっしと竹刀を受け止める癖が出たというか……痛っ!」  速口でまくしたてるにつれて、顔が赤と青のまだらに染まりはじめ、あげくの果てに舌を嚙んだとみえて口許を押さえた。  ファンファーレが鳴り渡ったように風の音が高まった。  匂い、と呟いて羽月は膝をにじらせた。いい匂いとは即ち吉兆で、今が攻め時だ。口許にあてがわれた手を引きはがしざま唇を奪う。すかさず舌をこじ入れて、傷薬を塗ってあげるふうに舌をふるふるしてあげよう。  涼太郎は十中八九ファーストキス。ゆえに瞬時、思考停止状態に陥る公算が大きい。それが狙い目で、もどかしくも勘所を押さえた刺激を下腹部に与えるところまでいけば、〝穴〟に誘い込んだも同然だ。  一気に決めてやる、GO、GO!

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