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第49話

 ロッカールームに駆け込むのももどかしく、スマートフォンの電源を入れる。皆勤賞ものだ。今日も今日とてマンネリ感が漂うボイスメッセージが、どっさり吹き込まれていた。    ──近々、天罰が下る。もてあそばれた者の恨みを思い知るがいい……。  言い回しは違えど似たり寄ったりの内容で、げんなりする。羽月はスマートフォンをそのままに割り箸を割った。過去にオヤツ程度につまんだ、いずれかのペニスの仕業だということはわかりきっている。  客になりすましたそいつが、トイレにでも行くふりをして店内をうろちょろし、隙をついてレポート用紙を背中にぺたり。羽月を震えあがらせてやった、と今ごろハイボールでも飲みながらほくそ笑んでいるのかもしれない。 「聞き込みとかって、かったるいなあ」  目撃者はいるはずで、犯人を特定することは可能だろう。しかし面通しをするに至っても羽月自身が、 「ああ、あのときのあいつか」  思い出すかは微妙だ。だいたい極端な左曲がりだとか真珠が入っていたとか黒子(ほくろ)があったとか、よほど特徴のあるペニスの持ち主でなければ、いちいち顔を憶えていられるか。  今夜の賄いはガパオライスで、目玉焼きを突き崩しながら記憶をたぐる。胡散臭い男がアパートをうろついていた、と涼太郎が言っていた。では今日の今日、ナメた真似をしてくれたやつは、火災報知機を悪戯したやつと同一犯かもしれない。  ご苦労さまだなあ、とディスプレイを箸でつついた直後、丼片手に涼太郎がやってきた。  羽月はパイプ椅子に深く腰かけなおした。足を踏んばっておかないと、躰がふわふわと浮きあがってしまいそうだ。それから当社比三十パーセント減を心がけたにこやかさでもって、話しかけた。 「おつー。お互い、こき使われてるな」 「お疲れさま。嫌がらせをされたと聞いたが、大丈夫なのか」  怖かったよぉ、と嘘泣きをしながら抱きついていきついでに、性感帯率の高い耳たぶに息を吹きかけてみようか。一瞬、そんな誘惑に駆られたものの肩をすくめるにとどめた。  と、涼太郎が眉をひそめがちにスマートフォンを見やった。ぼそぼそと洩れつづける声が、羽月の後ろの締まり具合がどうの、よがりっぷりはこうのと、ねちっこく暴きたてていて、それが耳についたふうだった。  羽月は舌打ち交じりにスマートフォンを摑んだ。音声データを消去するどころか再生しっぱなしでいたとは、痛恨のミスだ。

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