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第54話

 認めたくないが認めざるをえない。涼太郎に嫌われて、大、大、大、大打撃を受けた。ひび割れてしまった関係を修復できるものなら、そうしたい。誠意を見せよう、と手書きで便箋に一筆したためた。不愉快な思いをさせてごめん──と。  それより直接謝ったほうがいい。くじけそうになるたびに自分を奮い立たせて、昨日は実際に涼太郎のアパートを訪ねた。だが窓明かりを振り仰ぐと足が震えだし、すごすごと(きびす)を返してしまった。  てめぇのヘタレぶりに愛想が尽きても、怖いものは怖い。居留守を使われるかもしれないし、門前払いを食わされるかもしれない。  どちらに転んでも、心が折れるどころか粉々に砕け散る。 「ヘコんでも一秒で復活する四ノ宮にしては珍しく深刻に悩んでるっぽいが。どうせ白石くんのチ〇ポが遠いとか、くだらない理由だろうが一応聞いてやる。きりきり白状しろ」  須田が電気スタンドを持ってきた。そして、往年の刑事ドラマ──取調室のシーンではこういう演出がよく用いられた──に倣って羽月の顔を照らす。  羽月は凶悪犯の霊が乗り移った体で、ふん反り返った。小芝居じみたやり取りを経て、老刑事が容疑者に情けをかける場面もどきに、ぽんぽんと肩を叩かれると涙腺が決壊した。 「白石くんなんか、白石くんなんか粗チンで早漏に決まってる。ほぐし方を丁寧に教えてあげてもいきなり突っ込んできて、賢者タイムに入ったとたんシャワーを浴びにいくタイプで、食いそこねても損じゃない!」 「イソップ物語のパクリかよ。キツネが、目いっぱい跳びあがっても手が届かないブドウはどうせ酸っぱいって負け惜しみの典型な」    けけけ、と嗤われて長机に突っ伏した。  陽だまりで、埃がプリズムを通して見るように七色にきらめく。どこからか枯れ葉が舞い込み、椅子の脚にじゃれつく。お互い黙りこくって、のどかな光景を眺めていると、須田が眠気覚ましのように眼鏡のレンズを磨きはじめた。 「大人になってからハシカにかかると、入院騒ぎになることがあるってよ。後ればせの初恋をこじらせるパターンにと似てなくね?」  羽月は、ぼんやりと相槌を打った。 「おまえの武勇伝は聞きたくもないのに聞かせてもらった。千人斬りだかの、つまらねえインプリンティングにこだわって、恋愛方面のスキルは幼稚園児のレベルな」    きょとんとした顔に電気スタンドを向けて、厳かに締めくくる。 「白石くんに、ほぼほぼ一目惚れで、けど、そこからの進め方がわからなくてジタバタしてるんだろうが。自覚するのが(おせ)ぇんだよ」 「ひと目惚れなんて、ない、ない」  豪快に笑い飛ばしたものの、思い当たる節がないこともないような……。

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