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第56話

   胸を撫で回されて、タマを鷲摑みにして返す。反則だ、どっちがとわめき散らし、盛大に長机をがたつかせながら格闘したすえに、 「駄目だ、キモい。四ノ宮とやるなら八十のばあさんを抱くほうがマシ」  おえっ、と須田が顔をしかめた。床に飛び降り、眼鏡をかけなおすと、そのへんに転がっていた雑誌を丸めて、 「とっくに答えは出てるだろうが。チ〇ポはオールOKだったころの四ノ宮なら、今の場面でほいほい足をおっぴろげていた。ケツをさらすどころか拒絶反応を起こす意味を考えてみろ」  羽月の頭を木魚になぞらえたように、ぽくぽくとリズミカルに叩く一方でまくしたてた。 「本命のペニス以外は受けつけない体質になっちゃったって、こじつけたいわけ? ……痛い、いひゃい!」    ねじりを加えつつ頬の肉を引っぱられた。座れ、と床を踏み鳴らす須田を()め返して、しぶしぶ従う。目の前にちらつきがちな涼太郎の顔を手刀(てがたな)で薙ぎ、それから、わざと欠伸交じりに言った。 「ひょっとすると白石くんが好きかもだけど。千人斬りを達成しなきゃだから、そっちを優先」  だいたい嫌われちゃったし……。ぼそぼそと付け加えると、絶望というぬかるみに今さらながらはまるようだ。 「アホが。本命ができたのに千人斬りもクソもねぇだろうが。そういえば人間の細胞は約七年のサイクルで全部生まれ変わるらしいな。フェロモンを封印してペニスを断って、まっさらな穴に戻るのを待って告ってみ? ほだされてくれて両思いになるかもだぞ」 「七年なんて未来永劫と一緒! 我慢している間に白石くんを誰かに()られないって保証もないのに、無責任なこと言うな!」 「トンビにアブラゲを防ぐ方法は行動あるのみ、だ。うじうじするな、(しかばね)は拾ってやる、安心して玉砕してこい」    ()が射し込むことも相まって、窓辺にたたずむ須田は後光が差しているように見えた。右手が挙がり、黄金色(こがねいろ)を帯びて戸口を指し示すさまは、天の啓示が下ったところを髣髴(ほうふつ)とさせる……かもしれない。  羽月は根が単純だった。須田の足下にひざまずいて、目をきらきらと輝かせた。 「わかった、ダメ元で告ってみる。応援してくれたお礼に、須田が七股の彼女たちから総すかんを食らっても友だちでいるからね」 「上から目線がムカつくが。まっ、腐れ縁の仲だしな、ありがとうと言っとくわ」  ハイタッチを交わした。しかしビッチ界に華々しく登場してからこっち、ペニスたちからチヤホヤされることには慣れていても、こちらからモーションをかけた経験は皆無に近い身。当たって砕けるのが前提でも、心の準備が必要だ。

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