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第57話

 講義を受け終えて、まっすぐ帰宅した。就職活動が本格化するのに備えて面接試験の想定問答集をこしらえるように、涼太郎に見立てたバイブレータを相手に、さっそく予行演習といく。 「今後一切、他のペニスによそ見しないと誓います。白石くんが童貞を貫きたい気持ちもできるだけ尊重するから、おれとつき合って……駄目だ、恥ずかしさで死ぬ」  クッションに顔を埋めて、うずくまる。リハーサルの段階でこの調子では、いざ本番を迎えたさいには心臓が破裂しかねない。 「素面(しらふ)で練習とかって、無理……」  アルコールは、別名ガソリン。適量を摂取することによって脳の働きが活発になり、名科白が浮かぶかもしれない。  そう、羽月への嫌悪感でいっぱいに違いない心を揺さぶるような愛の告白が。  台所にビールを取りにいき、ちょうどインターフォンが鳴った。次いでドア越しに宅配便の会社名を名乗る声は、口に綿を含んでいるようにくぐもる。  物騒な世の中だ。ましてやストーカーに付け狙われている今日このごろ、モニターで訪問者の姿を確認してから応対に出るように心がけていた。  ふらふらとドアを開けてしまったのは、涼太郎が頭の中を占領していたから。数秒後、あんぐりと口をあける羽目になった。ダースベ〇ダーと、正しくはそれのマスクをかぶった男と接近遭遇したのだ。  宇宙に本社がある通販サイトに、変わり種のアダルトグッズを注文していたっけ? 驚きのあまり瞬時、本気でそう考えた。  その一瞬が致命的だった。ダースベ〇ダーは、立ちすくむ羽月ともつれ合うようにしながら押し入った。返す手でスプレー缶を構えて、ノズルを押す。  顔をめがけて噴霧された液剤は、恐らく催眠作用があるものだ。反撃に転じるどころか、甘ったるい香りに頭の芯が痺れた。  視界が何重にもぶれて、意識が遠のいていく。  糸を引きちぎられたあやつり人形のようだ。羽月は、差し伸べられた腕の中にへたへたと崩れ落ちた。

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