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第66話

 なので奥の手を出した。それは、寝技のエキスパートと謳われたビッチ時代に培ったテクニックだ。  梃子の原理を応用して、タッパおよび体重で自分を上回る躰を押し倒しがてら馬乗りになる。後ろ手にデニムを乱し、ボクサーブリーフをずり下げにかかると、 「主導権は俺が、と宣言してあった」  天と地がひっくり返って逆に組み敷かれた。 「ガタイがいいからって、ズルい。ハンデがほしい、ちょうだい」  そう、せがみながら足をばたつかせた。黙殺されたにとどまらず、ニットとアンダーシャツがひとまとめにめくられた。  雪肌があらわになるのを追って、熱っぽい視線が這い回る。生唾を呑み込む音が、号砲のように響いた。  銀世界に、ぽつりと鮮やかなルビーを見つけた。そんな、ひたむきさが伝わってくる様子で乳首にむしゃぶりつかれた。粒を掘り起こすように舌が蠢くと、あの白石くんが、と感動に打ち震えてしまう。感度に反映されて、こりこりに尖る。 「ん、んっ……ぅ、んん」 「痛くしたのか、すまない、早急に力加減を憶える」  有言実行を(むね)とすべし、とベビー用品の店に走り、おしゃぶりを練習台に自主トレに励みそうだ。ありうる、だが想像上のおしゃぶりが妬ましい。羽月は武骨な指に自分の指を添えて、円を描くように動かした。  将来、千人斬りを成す星回りのもとに生まれたとのお告げがあったのは、いたいけな乳飲み子のころ。  だったらビッチは天職と数だけはこなしてきたものの、単なるペニスの補給にすぎない行為と好きな男性(ひと)と抱き合うのとでは、カニかまと松葉ガニくらいの違いがある。    そう思うと、うれしさと戸惑いをない交ぜに今さらめいて全身が小刻みに震えだす。オーロラ姫は王子さまのキスで百年の眠りから覚めた。涼太郎との出逢いが人生の分岐点なら、彼と結ばれたあかつきには、どんな未来を拓くことになるのだろう。  羽月は、涼太郎のそこに頬をすりつけた。 「言い忘れてた。おれ、白石くんのこと大好きで、これからは白石くんひと筋だよ。だから、たくさんスケベなことして……」  キスで話を遮るのは、明らかに照れ隠しだ。それでも今度はのっけから舌をからめてくるあたり、向上心に富んでいる。  先を競って舌を搦め取り、たぐり返されて、豊潤な口腔を荒らし合う。唇も舌もふやけるほどにくちづけを交わすにつれて、どちらの中心も窮屈げにファスナーを押しあげる。 「寡聞にして知らなかった。キスとは後を引くものなのだな」 「素朴な感想が、らしくていいなあ」  笑い声が、くすくすと唇のあわいにくぐもる。遺伝子情報が〝好き〟に書き換えられたように、躰のどこを切っても金太郎飴さながら〝好き〟が現れるようで、ありったけの力で涼太郎に抱きついた。  時折ビッチ時代の癖が出て、膝頭で股間をさわさわすると、うろたえたふうに舌が丸まるのが楽しい。もっとも下唇をかじるという形で、たしなめられてしまったが。

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