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エピローグ(ある策士の告白)

    エピローグ(ある策士の告白)  白石涼太郎には日記をつける習慣がある。ふだんは身辺雑記を数行したためる程度だが、その日は違った。およそ十ページにわたって綿々と想いを綴り、それでも書き足りないとばかりに余白にもペンを走らせる。  その日とは、即ち恋に落ちた日のことである。では、涼太郎流の恋の方程式にあたる裏面工作についての記述がある日記を抜粋してみよう。    ──法学部に用があって出向いた折に、己というものを根底から覆す出来事があった。  四ノ宮羽月。  すれ違いざま彼が微笑みかけてきた瞬間、何万本もの光の矢が全身に突き刺さったように感じた。その衝撃のすさまじさはビッグバンに匹敵し、異常なまでの胸の高鳴りぐあいを分析した結果、これがあの有名な一目惚れだと得心するに至った。  小耳に挟んだところによると、四ノ宮羽月は知る人ぞ知るビッチで、彼のお眼鏡に適えば甘美なひとときを堪能できるという。  ただし精を搾りとるだけ搾り取ったあとはポイとのことで、ペニスキラーぶりを遺憾なく発揮していると、もっぱらの噂だ。  淫奔な性質(たち)と知って幻滅したかといえば、決してそんなことはない。かえって闘志が湧いた。必ずや身も心もひっくるめて彼を独占してみせる、と。  うたかたの恋では意味がないのだ。だが相手は百戦錬磨のツワモノ。正攻法でぶつかっていってもケンもホロロにあしらわれるのがオチで、ならば搦め手を用いるのが得策だ。  名うてのビッチの狩人心をくすぐる、自分のセールスポイントとはなんだ? 童貞だ、というのは果たして切り札になるのか? ともあれ落とす価値があると思わせることができれば、しめたもの──云々。  以下、恋ボケ男の典型といえる文章が延々とつづく。 〝四ノ宮羽月と書いて運命の人と読む〟だの〝かの人に童貞を奉り、幾久しくおさめてもらいたい〟だの。  数十年後に若かりしころの日記を読み返した涼太郎が、ぎゃっ! と叫んで恥ずかしさのあまり三日三晩寝込んだのも、むべなるかな。  さて、このへんでカップル誕生後の涼太郎本人に語り手の役をバトンタッチしよう。    恋人が自分の下で悶える姿というのは、男冥利に尽きる光景である。涼太郎は細腰(さいよう)を抱え込み、内奥をゆるゆるとかき混ぜながら、桜色に艶めいた顔に見とれた。  いきおい腰づかいが単調になると、ぎゅっとしがみついてくるのだから、たまらない。

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