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第16話 日記
ヴァイスは小屋に戻り、どこかに書物が残っていないか調べ始めた。
祖父が持っていた古い本が何冊かあったのを覚えている。
色々なものを乱雑に置いているせいで何がどこにあるのか分かりにくい。ちゃんと整頓しておけばよかったと今更後悔した。
「……この辺で見たような気がしたんだが」
どうしても、あの言葉が頭を離れない。
祖父のことなんてほとんど覚えていないのに、あの言葉だけは頭に刻み込まれたかのように覚えている。
それほど印象に残っているのだろう。
それほど、特別な言葉なのかもしれない。
「…………あった」
部屋の片隅に本が詰められた箱を見つけた。
確かこれは金にならないから捨てようとも思ったが祖父の遺品だからと一応取っておいたのだった。
「これは、関係ないな。こっち、は……日記か?」
箱の中の本を一冊一冊見ていく。その中で気になったのは、手書きで記されたもの。軽く中身を読み、これが祖父の日記であることが分かった。
ヴァイスは壁を背にして座り込み、日記を読んでみることにした。
日記の始まりは父が生まれた時のこと。その時の喜びが事細やかに書かれている。
どうやら祖父の代から人間と交わるようになり、父は顔つきこそ獣人だが爪や牙を持たなかったそうだ。
それまでは生き残り同士で繁殖していたそうだが、祖父は偶然出会った人間と恋に落ちたらしい。その相手は近くに住んでいた村の青年のオメガだったと書いてある。
獣人と共にすることを選んだ青年は人間社会で暮らすことを捨てて森の中で幸せに過ごしたとか。
そんな彼との間に生まれたのが父。
そして父も人間の女性と結ばれた。
祖父はマメに日記を記すタイプではなく、何か大きな出来事があった時にだけ書き残しているようだ。
ヴァイスからすれば要点だけ知ることが出来るのでありがたい。
「……父が連れてきた女性、母さんのことか」
日記の続きを読んでいく。
その女性、母親はとても美しい見た目をしていた。そしてとても匂いの濃いフェロモンを発していた。そのせいで多くのアルファに狙われ、乱暴な目に遭わされていたところを父が救ったそうだ。
父は一目で彼女を気に入り、手厚く介抱した。彼女のフェロモンに当てられながらも、それを必死に耐えていた。その誠実さに母も惹かれていき、番になることを選んだ。
祖父も母のことを気に入っていた。優しく気立てもいい。獣人に対しても偏見がない。日記には母を褒める言葉が至る所に記されていた。
しかし、そんな幸せも長く続かなかったようだ。
日記の後半部分はほぼ殴り書きだった。
祖父は病気で妻を亡くし、父はかつて母を襲っていた人間達の報復に遭って死んだ。
子供を身ごもっていた母もそのショックで体を悪くした。
読んでいるだけで心が痛めつけられるような気持ちになる。
幸いに子供は健康に生まれ育った。そこからの日記はショックから立ち直っているように思えた。
子供。つまり、ヴァイスのことをとても可愛がっているようで、父に似た可愛い子だと記されている。
「日記はここまでか。あの言葉については書いてなかったな」
だが自分の親のことを知ることは出来た。
それだけでも十分収穫はあったと思う。
日記はちゃんと保管しようと足元に置き、他にも何かないか箱の中を調べていく。
適当に中を捲って調べるが、それらしいものは見つからない。
箱の底が見えるようになってきた。手掛かりは何もないと諦めかけた、その時だった。
「絵本?」
一番下に埋まっていたのは、可愛らしい絵の描かれた本。その絵本のタイトルは「神様の子」。
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