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第17話 絵本
ヴァイスは絵本を手に取ってページを捲った。
何となくだけど、見覚えがある。きっと祖父が読んでくれたのだ。だから見覚えがあった。聞き覚えがあった。
神様に愛された少年のお話。
とある少年は、とても可哀想な子だった。
心が優しすぎるせいで悪い子たちに利用され、全てを奪われてしまった。
それでも誰かを憎んだりしないその子を、神様は愛した。真っ白で穢れのない子に、神様は特別な力を与えた。
その力で少年はみんなを幸せにしてあげた。皆が望むものを与えることができたそうだ。
そして少年は魔法使いと呼ばれるようになって、みんなから慕われるようになった。
多くの人たちに囲まれて笑顔になっている少年の絵で物語は終わっている。
「……こんな話だったか」
何とも都合のいい話だが、子供向けの絵本などこんなものだろうと、ヴァイスは本を閉じた。
もしかしてルーカスの主人はこれを信じているのだろうか。こんな絵本に書かれたおとぎ話なんかを。
ヴァイスはもう一度ページを捲った。
真っ白で穢れがない少年。この絵本の少年とルーカスが重ならないこともない。
そして、彼が言っていたおまじない。離れの家に誰かが近付いたら分かるという能力。
獣人の嗅覚でも遠く離れた場所の匂いを感じ取るのは難しい。
ヴァイスにはこの物語を完全に空想だと決めつけることは出来なかった。
「……アイツが、魔法使いだとでも言うのか」
だとすれば、彼の主人が求めているのは「皆が望むものを与える」という力かもしれない。
そういえばと、ヴァイスは絵本をキッカケに何か思い出せそうだった。
そう。祖父は言っていた。神に愛された子が何か力を得ると。もしかしたら祖父は知っていたのかもしれない。実際に神様に愛された子がいること。
魔法使いが本当にいると。
「……絵本じゃなくて、もっと詳しい何かが残っていれば」
ここにはもう書物はない。調べ物をするなら街に行く必要がある。
獣人の生き残りがいると分かれば始末される可能性もあるため、あまり街には行きたくない。だが気になってしまう。
あの少年がもし魔法使いだったとして、その力を利用されているのだとしたら。
「……いや、それを俺が止めてどうする」
これ以上あの少年に肩入れして何になる。
ヴァイスは自問自答した。だがしかし、彼の寂しげな表情が忘れられない。別れ際に見せた笑顔が忘れられない。
「……ッチ」
軽く舌打ちして、ヴァイスは日記だけ持って小屋の外に出た。
外はもう暗い。月明りを頼りに、ルーカスに用意すると約束をした薬草を摘みに向かった。
あの儚げな容姿が母親と重なってしまうのだろうか。
だから放っておけない。きっと、そういうことだ。
ヴァイスはそう自分に言い聞かせた。
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