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第18話 本音

 翌朝。  昨日と同じようにヴァイスはルーカスの絵のモデルになっていた。  ルーカスはヴァイスが用意してくれた薬草を煎じて薬湯にし、それを飲みながら絵を描いている。  黙々と絵を描く彼を横目に見ながら、ヴァイスは昨日調べたことを伝えるべきか悩んでいた。  ルーカスは知りたがってはいない。むしろ知りたくなさそうにも思えた。神に愛されている、という意味が気になって調べたのはヴァイスの都合だ。彼の意志ではない。  だったら、言わない方がいいのだろうか。  しかし、彼には知る権利があるのではないだろうか。  わからない。  何が正しいのか、分からない。 「……昨日のこと、気にしてますか?」 「何……?」  先に口を開いたのはルーカスだった。  ヴァイスの表情から何かを察したのか、少し困ったような笑みを浮かべている。 「僕のことなんか気にかける必要ないのに、優しいですね」 「そんなんじゃない。ジジイが言ってた言葉が気になっただけだ」 「そうですか。そう、ですよね」  寂しげな笑顔。そんな顔をさせたいわけじゃない。  ヴァイスはどうすれば、どう伝えればいいのか、自分の中での正解を導けずにいた。 「…………もし、俺が何か知ったとして、お前はそれを知りたいと思うか?」 「……いいえ。僕は、現状を変えたいとは思ってないです」 「そうか」 「あのお屋敷に引き取られたばかりの頃だったら、逃げ出したいと思っていたかもしれないけど……今の僕は、もう諦めちゃいました」  笑いながらそう言う少年に、ヴァイスは少し引っかかった。  本当に、そうなのだろうか。  彼は、何もかもを諦めているのだろうか。 「……だったら、なんで俺の絵を描きたいと思ったんだ」 「え?」 「何も変える気がないのなら、なんで俺と会うことを選んだ。誰にも会うなと主人に言われてるなら、俺とこうして会うことだってリスクのあることだろ」 「……それは、そうですけど」  ルーカスの瞳が揺れる。  ヴァイスの言ってることは尤もだ。バレたら怒られる。何をされるか分からない。そんなこと、最初から分かっていた。何も変えるつもりがないのなら、彼と会うという選択肢を選ぶべきではなかった。  分かっていた。分かっていたのに、彼に会いたいという気持ちが強かった。 「…………僕だって、本当は嫌ですよ。あんな場所……」  ルーカスは絵を描く手を止めて、顔を俯かせた。 「でも、仕方ないじゃないですか。僕には逃げ場所もない。逃げ出して、孤児院の皆に何かあったら、死ぬまで後悔する……だから僕一人が我慢するしかないじゃないですか。気持ち悪いおっさんの慰め物にされたって、沢山の男たちに犯されたって、耐えるしかないじゃないですか」  少年の目から涙が零れ落ちた。  ずっと我慢していたものが、溢れ出しているのだろう。大粒の涙がスケッチブックの上にポタポタと落ちていく。  ヴァイスも、口にはしないだけで気付いてはいた。ルーカスからは彼以外の臭いが異常なほどしていた。半獣人である彼の鼻が分からない訳ない。ルーカスだって分かっていた。黙っていても気付かれるだろうと。 「悪かった。お前の気持ちも考えないで、無神経なことを言って」 「いいえ……ヴァイスさんが悪いわけじゃないです」  ヴァイスは立ち上がり、ルーカスの前へと移動した。  彼の前に膝を付き、琥珀色の瞳から零れる涙をそっと拭う。 「お前を見てると母さんを思い出す」 「僕はお母さんにはなれないですよ」 「そうだな。母さん相手に、こんな風には思わないだろうし」 「どんな風、ですか?」  涙で潤んだ瞳に、惹き込まれる。  二人はそうなるのが当たり前だとでも言うように、唇を重ねた。  カチリと、何かが嚙み合うような感覚。  一度触れた熱は、離れることを許してくれない。

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