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第九話 日向 ②

先の剪定で落ちた木の葉や枝が残っていないか確認しつつ、陽当たりの良くなったテラスから駐車場への長い階段を下りる愁。普段より早足な彼の唇はキュ……と固く結ばれ瞳は大きく見開き、額からは夥しい量の汗が吹き出している。 “なんだったんだっ……さっきの涼風さん…… 可愛い過ぎるっ、綺麗過ぎるっ……理性が飛んでしまいそうになったっ……もしも、時計が鳴らなかったらっ……” そう何度も想像する。想像するだけで、身体中の恥ずかしいという気持ちが顔に込み上がってきて、頬を熱くさせる。 “涼風さんの瞳……綺麗だったな……唇だって薄い桜色で、柔らかそ……っ” 頭の中に浮かぶのは葵の顔ばかり……水汲み場で初めて出会ったあの日から、恋慕の思いは少しも褪せる事なく、日増しに大きくなっていき、三ヶ月経った今、愁の中で……それは爆発寸前だった。 “ダメだっ……ダメだっ! こんなことばっかり考えて……自分が嫌になる……涼風さんが、どんなに美人でも……男の人だし……俺が、こんな俺がいくら思ったって……困らせるだけ……でも、だけどっ……” 揺れる天秤のような……そんな気持ちに惑っているうちに階段を下りきっていた。こんな事では仕事に支障が出る、ベストのポケットからハンカチを取り出し額の暗い気持ちを拭き去らせ、急いで平静な表情に戻す…… “仕事に集中しなきゃ……せめて、涼風さんの役に立って……はぁ……それにしても、今日は一段と美しくて……香りも…………って違うッ!? 真面目に……冷静にっ……” シルビアの駐車スペースの後ろに、いつも畳んで置いてある日向の看板を道沿いに立てると愁は後ろ手を組み、左手の薬指を握る。車通りの多くなってきた山道を眺めつつ、今日のお客様の来店を待つ。 ブロロロロッ! ブロロロッ!! プシュ…… 市営ディーゼルバスのエンジン音。クリーム色に緑とオレンジのラインの入ったレトロな見た目の重たい車体を揺らしつつ、バスは山道を登っていく。 「なぁなぁ、茜……」 「なに? 」 「うちら、今日は女子会で温泉に行くって話だったよな? 」 「そうだけど……それがなにか? 」 「茜ちゃん、私も聞きたいんだけどぉ……」 ちらほらと乗客の乗せたバスの一番後ろの席で、三人の女性。茜と呼ばれた、しっかりとメイクをして、セミロングの髪は美容室で綺麗にセットされそのまま来た……そんな感じの彼女に、友人とおぼしき二人が質問を投げ掛ける。 「もー、朝早いんだから……もうちょっと静かにさせてよっ! で、なに? まずは亜紀子から。」 「それだよっ! 朝早すぎねっ? せっかく今日は旦那と子供から解放されたんだからさっ! もうちっと、優雅っつか……昼前でも……」 「いいじゃない、早起きは三文の徳って言うでしょ? うちだって条件は変わんないし。」 少々喋り方の荒い亜紀子は、他の二人よりも身長が高く、座っていても頭一つ飛び出している。ロングヘアを後ろで結び、スリムに引き締まった体型に白Tシャツとスキニーデニムで決め、髪型も服もシンプルで茜とは対照的である。 「茜ちゃんん……言われた通りぃ……朝ご飯も食べてないから……お腹空いたよぉ……」 「リエたん……可愛いんだから……待ってて 、もう少しで喫茶店に着くから、そこで朝食にしましょ♪ 今回は私の奢りっ! 」 「ほんとっ!? うんっ! 我慢するっ♪ ふへへぇ……楽しみぃ、担々麺あるかな……」 リエたんと愛称で呼ばれる小柄な彼女は、おっとりとした口調に似つかわしくないグラマラスな……男に対してなら武器と呼んでも過言ではない、ふっくらとした胸を携えたショートカットに花柄マキシ丈のワンピースがよく似合う女性である。 「そこ、最近の行きつけなの……担々麺は無いけど、料理も美味しくて……それに……あっ! 景色も良くて癒されるんだ……」 「へぇ……♪ 」 「あぁっ!? 茜ッ……あんた最近、うちらがランチ誘ってもあんま来ないのって……」 「ぃ……いいじゃない。私も、疲れが溜まってんの……癒しが、欲しかったりするのっ! ボーイ君も……優しいし……」 「ふーん……ボーイ君ねぇ……あぁ……成る程…… あんたが、今みたいな雰囲気になるのって……」 茜とは、学生の頃からの友人である亜紀子。 言葉尻が弱くなり態度が一変、乙女のような反応をする茜を見て、ピンッと何かを察知した。途端にニヤニヤと口元に悪戯っ子のような笑みが浮かぶ。それは隣に座るリエも一緒のようで、 「そうだねぇ、茜ちゃん……今の旦那さんに恋した時も……」 「リッ……リエたんッ!? ちょッ……」 「そーそー、あん時は……ぷふッ♪ あぁ、だから普段ダセェのに、今日はそんなに洒落た格好してんだ。」 あっという間に理解された。そう、茜はここ二ヶ月、家事の時間をやりくりして週に二度はこのバスに揺られている。山道の途中にある喫茶店に行く為、否、ボーイの青年に会う為に…… 「ダサいは余計でしょッ!? それに勘繰り過ぎっ! そんなんじゃ……」 普段は化粧っけも無く服装も地味にまとまっている。新婚の頃は、ふんだんに注がれた愛情も子供が生まれた頃に枯渇した。その我が子も、成長するにつれて母親を鬱陶しく感じているのか会話が少ない。 「茜ちゃんメンクイだもんね~♪ 私なんかはぁ、今のダーリンで満足してるよ~。」 「へへっ……自慢じゃないけど、うちもっ! つーか、アイツがうちにゾッコンなんだけどなッ♪ 」 「そりゃ、私も旦那の事は今も愛してるよ……でもッ……じゃなくてッ! そんなんじゃないったら……あっ! 」 だからといって夫も子供も嫌いじゃない。茜は二ヶ月前のある日、気分転換もしくは少しだけ一人になりたくて、ふらりとこのバスに乗った。地元の観光地をぶらぶらして気分が晴れたら夕方には帰る……そんな気持ちでバスからの流れる景色を眺めていたら、道沿いに立つ彼を見つけた。 「ほらほらッ! 見えてきたッ! 二人とも 降りる準備っ!! 」 「へぇへぇ……」 「ふふふっ……なんかぁ、今日の茜ちゃん可愛ぃ♪ 」 今日もその彼は喫茶 日向の駐車場に立っている。それを確認した茜は、強めに停車ボタンを押す。そしてバスが停車するより前に立ち上がり、そわそわと横扉の前に移動する。 “いっつも一人だと、寂しい女って思われちゃうから……温泉なんて口実……行かなくてもいい……ていうか、どうでもいい……河邊くんに会えるだけでっ……♡ ” 隠そうとしても耐えようにも耐え切れず、笑みが口角に浮かび、気もそぞろな茜。バスが停留所に停まり、プシュ……と扉が開くと運賃箱に小銭を放り込み、タタンッと勢いよくバスから降りた。そんな心の内がだだ漏れな茜を見て、亜紀子とリエは、やれやれといった感じで顔を見合わせ、後に続きバスから降りて行く。 古く色褪せた標識のみのバス停。標識には他に目印が無かったのか、喫茶 日向前と書かれていた。冷房の効いたバスの中から降りると朝とはいえ、外は暑く感じる。亜紀子は、 いつもより早足な茜を見て、 “あ~あ……年甲斐もなく、はしゃいじまって……まぁ、本気ってわけでもねぇだろうし、久しぶりに茜をからかって……んっ? ” 「おはよーっ! 河邊くーんっ♪ 」 茜が腕を高らかに上げ手を振る先に、見るからに若い店員が木陰に立っていて…… “アイツが茜のお気に入り……か……なんか…… 細いな……最近のガキって感じか……? ” 黒のウェイターベストに細身のスラックス、いかにもボーイらしい服装で自分と同じくらいの背格好、日向の敷地内に足を踏み入れた頃には顔もはっきりと見えてくる。 “女受けの良さそうな……そこらの女子高生ならコロッと惚れるだろうなぁ……くくっ……茜も若いねぇ……まっ、あんな華奢なのは、うちの好みじゃないけどなっ……♪ ” 後ろ手を組んで木陰に佇む姿はすらりとして絵になる。しかし面食いと言われた茜と違い、亜紀子には河邊と呼ばれた店員の魅力が届かない。彼は何か考え事をしていたのか ビクッと肩を跳ね上げ、 「っ……おはようございますっ、花咲さんと……今日はお連れの方々も御一緒ですか? 」 それでも店員らしく茜に挨拶を返し、両脇に居る亜紀子とリエにも「いらっしゃいませ」と微笑んで会釈をした。 “へぇ……笑うと可愛いじゃん……こりゃあ、茜も常連になるはず…………” 茜は嬉しい過ぎて、緊張しているのか表情は硬く…… 「ぅ……うん、そっ! 今日は友達と、この先の白銀温泉に羽根を伸ばしに来たの。っ……ついでに、ここで朝食もって……」 「わぁっ♪ 嬉しいですっ、ありがとうございますっ! 」 「ぁ……あと、この時間なら……人も少ないだろうし……君と……ゆっくり…… 」 唇まで硬く発声しにくいのか声まで小さくなり、最後の方の内容は、興味津々に二人の会話を聴いていた亜紀子にしか届かなかった。 “高校の頃から変わんねぇなぁ……まぁ、旦那もいるこったし、こんくらいの距離感が丁度いいんだろうが……しかし……” 「ちょ……!? 亜紀……っ」 「おい、河邊っていったか……なんかスポーツとかしてんのか? 」 モゴモゴと口ごもりだした茜をポイッと横に退かせ、愁の前に立つ。少女時代から空手を習っていた亜紀子。高校卒業までに貰った大会のトロフィーは数知れず、家の倉庫に埃まみれで山積みになっているくらいには腕は確かで、 「今は特に……前に少し真似事をしていましたが……お客様のようには強くはありませんでしたよ。」 「へぇ……少し……ねぇ……♪」 声色は優しく、丁寧で柔らかな口調。この距離だとその整った見た目、仕草の中に何か鳥肌がたつようなオーラ……今まで手合わせした中でも感じた事の無いような力を肌に感じ、 「うちが、ナニしてたかも分かるくらいには強いんだろっ? 」 「ぃ……いえ、今のは偶然……お客さっ……」 「あっ!? うちの勘がッ……つか、そのお客様っての、さっきから堅っ苦しいんだよっ! もっと気楽に呼べねえのっ!? 」 「ぁ……その、そういうのは失礼と言いますか……」 「ちょっと待て……うーんっ……あっ! 亜紀子さんか……それもちょっと堅えし、亜紀子姉ちゃんって……」 「あぁん、ずるぃ……私もぉ、リエお姉ちゃんって呼んでくれていいからぁ……♪ 」 「うぁ……ッ!? ぁ……あのっ……」 初対面なのに下の名で呼ばせたいくらいに気に入ってしまう。次いでリエも愁の横から近づき、マイペースに自己紹介……たゆんっとした凶器の膨らみが愁の腕に当たる。 「わぁ……河邊くんの腕ぇ……とっても硬い… …鍛えてるんだぁ……♡ 」 「リ……リエ姉さん……ぁ……当たってますから……」 リエの過剰なスキンシップに、顔を赤らめながら律儀に姉さんと呼ぶ愁。それを見て亜紀子は、今まで感じた事の無い……胸の奥をチクチクと針で突かれるような痛みを覚える。 “なんだ……こいつ、ちょっと乳が当たったくらいで恥ずかしがりやがって……胸糞悪ぃ……って!? うちは何をっ……” 「ちょっとッ!! 二人ともっ!! そんなに近づいて河邊くんが困ってるでしょッ!! それに、おばさんの癖にお姉さんだなんてっ 、おこがましいのよっ!! 」 「あんッ!? 茜ちゃん……酷いぃ……それとぉ……亜紀子ちゃんにそれ禁句ぅ……」 退かされた茜が復活し、リエを愁から引き離しながら、そんな言葉を発した。理由の分からない胸の痛みと、おばさんと呼ばれた不快感がイケない感じに相まって、瞬間的に亜紀子の右腕を振りかざさせ、 「今ッ! な゛んてぇぇぇぇっ!!? 」 「しまっ……!? 」 瓦なら相当な枚数が割れそうな手刀、風切り音すら聞こえる凄まじい速度で茜の頭上から振り落とされる。「ひっ……」と声を上げた茜はしゃがみ、頭を両腕で防御……しかしそれら全てに意味は無く…… スパンッ…… 振りおろした手刀、茜に対して力加減はしているが速度は落としたつもりのないその手は愁の右手に握りしめられ、亜紀子の胸の前で抑えられピクリとも動かない。 「初対面で、差し出がましくてすいません……が、お友達にこんな事してはいけないですよ……? 」 「な゛ッ!? は……離せッ! こいつは、うちに言っちゃいけない事をっ……!! 」 “はじめて……止められたッ!? な……なんも見えなかった……何されたッ!? こいつ ……マジで桁違いなっ……” 痛みも何も無い。綿で出来た万力で握られたかのように、ただ動かない。さっきまでリエに胸を当てられ恥じらっていた少年の面影は無く、真剣な面持ちで亜紀子を見ている。驚愕する亜紀子にハッとしたように愁は表情を、ニパッと柔らかな笑みに変え、 「きっと冗談ですよ。だって俺には亜紀子姉さんはとっても美人に見えますよっ♪ 」 「え゛ッ!? 」 そう言われると何も出来ない。亜紀子は愁の外見と中身のあまりのギャップに腕から力が抜け…… “美人って……えっ!? うちのこと……? ” がさつ、男勝り、物心ついた頃よりそんな言葉ばかり言われ続け、異性より同性にばかり惚れられ、今の夫にも腕っぷしに惚れたと告白された亜紀子。美人、と慣れない褒め言葉に思わず頬が熱くなってしまう。 「なっ……なに言ってっ……うちは、びっ……美人なんかじゃ……」 「そんな事ありません……凛々しい瞳にモデルさんみたいに綺麗な……って……俺なんかに言われても、あんまり嬉しくないですよね……アハハッ……すいません……」 「バッ……!? そんなことッ……」 追い討ちの如く、その純粋で愛らしい笑顔は亜紀子の胸にとどめの一撃となって突き刺さった。心の底から沸き上がる感情に胸が高鳴り女の本能が生まれて初めて芽をふき始めた。 “なッ……反則だろッ!? そんな笑顔でっ……そんな優しい声でっ……そんな嬉しい事言われちゃったら……うち……この手……離されたくなくなっちまうっ……♡ ” 茜はペタンと地面にしゃがみこんだまま頭を両手で抑え、恐怖に震えている。 “そうだったっ……しばらく喧嘩なんてしてなかったから……亜紀子にアレは禁句っ……最後にチョップされたのは……亜紀子が三十歳になった時……ちょっと冗談で言ったら……んっ……それにしても何も感じない……ひょっとして私、打ち所悪くて死んだ……? ” 茜は恐る恐る瞼を開け上を見ると愁は亜紀子と手を握っていて、 「あっ……? 」 思わず声が漏れた。どうやら愁が止めてくれたらしい、それは理解出来たが、亜紀子の表情が理解できない。顔は真っ赤で、何やらもじもじと落ち着かないようで…… “まさかッ!? 亜紀子まで……河邊くんにッ……!? 河邊くんも亜紀子姉さんとか呼んでるし……このままじゃ……” そんな事をあれこれと想像していると、声に気づいた愁が、茜の方を向く。相変わらずの愛嬌に溢れる優しい笑顔、 「大丈夫ですか……花咲さん? 」 「ぁ……河邊く……だ……大丈夫っ……昔から慣れっこだから……それより……私のことは……お姉さんって呼んでくれないの……? 」 見ているだけで家事や育児の疲れが癒される。そんな笑顔を向けられるとつい年下なのに甘えてしまいたくなる…… 「へっ? ぁ……やっぱり……そう呼ばれた方が良いんですか? 」 「ん、亜紀子とリエたんだけ……ずるいぃ……私のが常連だし……呼んでくれないならぁ……もぉ……来るの……止めちゃうかも……」 鼻にかかった声を出し、愁を上に見て身をくねらせ媚びるような動きをする。女友達がいなくなって、男にしか相手にされなくなりそうな態度は夫にすら見せた事は無い。 「それは、困りましたね……」 「だ……だめ? 」 “ふゎぁ……!? 私、河邊くんになんてことっ……亜紀子は……ボーッとしてるけど……リエたんはッ……うわっ、引いてるっ!? ” 「茜ちゃん……」と呟いたリエは、可哀想なものを見る目でこちらを見ている。その刺さる視線に耐えていると愁は左手を差し出し…… 「いいえ、茜姉さん……」 「はぐッ……♡ 」 「しゃがんだままでは、ご案内出来ませんよ? 」 「ぅ……うん……♪ 」 下の名で呼ばれただけで、天にも昇る気持ちになった茜。愁は手を優しく握って、立ち上がらせてくれる…… 「こ……今後はそれで……お願いねっ……」 「改めて言うのは、ちょっと照れますけど……頑張ります……あの手を……離してもらっても……」 両手で感じる異性の感触に照れる愁、亜紀子も掴まれていたはずなのに、いつの間にか逆に愁の手を掴んでいて離す気は無さそうだ。 「ぃ……いいじゃないっ……このまま案内しても……迷わないし……」 「えっ!? 」 「そ……そうだぞっ! 茜はともかく、うちは初めて来たんだ……ぁ……道間違えて遭難したらどう責任取るんだょ……」 「そんなっ……!? 」 自分で自分の麗しさを自覚していない年下の可愛らしい男の子が時折見せる恥じらい混じりの困り顔というのは、妙齢の女の心にグッとクるものがあり……それだけで二人は、うっとりとした幸福感に満たされる。 「河邊くーん、私ぃ……お腹空いちゃったぁ……早く、朝ごはん食べようよぉっ! 案内してぇ……」 そんな三人のやり取りも気にせず、朝起きてから何も食べていないリエは、空腹に足元をフラつかせていて、 「ぁ……わ、わかりましたっ……このままでご案内させていただきますのでっ……」 爽やかな朝、風に揺られる万緑の眺めが美しい駐車場。そこから伸びるテラスへの階段を愁は茜と亜紀子の手を引いて、リエにベストを掴まれ、牽引するように登っていく。 「もう少しですから……」 「うん……もうちょっとゆっくりでもいいよ……♪ 」 「うちも……け、景色を楽しみたいから……そんな急ぐなょ……」 「河邊くぅん……早くぅ……死んじゃうぅ……」 「は……はい、ゆっくり……早めで……」 ほんの十数mの階段を無理難題を言われながら登る愁の後ろで、茜と亜紀子は顔を合わせると、どちらからともなく…… 「さっきは……ごめんなさい……」 「ぅちも……ちょっと、大人げなかった……その、ごめんな……」 謝り合う。照れくさそうな二人に挟まれながら、空腹にフラフラのリエは笑顔で…… “ウフフッ……相変わらず仲直りするの早いねぇ……♪ ” 空腹で声には出さないが、二人の顔は見ている方が恥ずかしくなる程、真っ赤で…… “二人ともすっかりぃ……ぅう……面白いけどぉ……お腹空いたぁ……モーニング……どんなメニューが……ぁ……お昼もあるしぃ……食べ過ぎは……” 手を握ってくれている相手の事をどう思っているのか、リエでなくとも手に取るように分かる。 “茜って……姉さんって呼んでくれた……♡ 君を見てると、昼顔また観たくなっちゃう……これからもずぅっと通うから……♡ ちょっとくらいの火遊びも……経験なんだよ……河邊くん……♡ ” “茜の気持ちが痛ぇくらい分かる……一度、話しただけで、こんな気持ちにさせられるくらいに……こいつに骨抜きにされたっ……本気の手合わせしてみてぇ……んでぇ……組伏せられて……羽交い締め……♡ うちも次はもうちっとお洒落して……” 色んな欲求に満ち充ちている。そんな事を思われてるとは露知らず、ちょっぴり危険な肉食獣に両手を預け、愁はいつもより大変な案内をこなすのであった。

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