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第十二話 約束の休日 ②
幾つも重なる蝉の声、笑っているような陽射しに照らされ、何もかもが明るいお昼どき。入口に黒鉄商店街と書かれたアーチ看板がある昔から地域の人々に親しまれた商店街は、色々な店舗が並んでいる。その通り沿いの一角に、一際賑わっている一軒のパン屋がある。
柔らかな色彩が童話風な外観、年季の入った看板には大きくシンプルにMilk panと書かれている。
明るい雰囲気の店内、焼き上がったパンの幸せな香りは店の前を漂い、客が流れるように続々入って来て豊富な種類のパンやサンドイッチが飛ぶように売れていく。
「はむ……はむ……もぐ……もぎゅ……」
「美味しい? 」
そんな販売スペースと打って変わって、四人座れるテーブル席が何卓か置かれたカフェスペースでは、夏休みを楽しみ駆け回る子供達の足音やその母親らの世間話の声等、別の意味で賑わっている。
「ごくっ……うんっ! すっごく美味しい♪ 」
「良かった♪ ほら慌てない、メロンパンは逃げないんだから」
その内の一卓に、夏らしくスッキリとした服装の愁と、同じような服装の凛が、横に並んで座っている。テーブルの上には山のように積まれたメロンパン、凛は嬉々として口に放り込んでいく。
「もぎゅ……れも……こんにゃに……もぐ……ありゅし……」
「こーら、食べながら喋らないの……お行儀が悪いよ? 」
「ごきゅ……えへへっ♪ 」
兄に注意されても楽しくてしょうがないのか愛嬌よく笑う凛は口元についたパンくずを取る事も忘れている、
「フフッ♪ もぉ……しょうがないなぁ……」
「ふぇッ!? んん……」
そんな愛くるしい弟の世話を焼きたくてしょうがない愁は、凛の口元についているメロンパンだった欠片をヒョイと指でつまみ、
「あ……ぅ……」
パクりと口に含む。端から見れば恋人同士で行う愛情表現のような行為に凛は顔を赤らめ、
「に、兄さん……そういうの……照れちゃうょ……」
「フフッ♪ ごめんね、可愛い弟を見てると、ついやってあげたくなっちゃうの……ダメだった? 」
言われて嬉しいのか、恥ずかしいのか、凛の頬はますます真っ赤になって……
「ダメじゃなぃ……嬉しいけど、久しぶりに二人っきりのお出掛けだょ……兄さんとたくさんお喋りしたいし、メロンパン食べたいし……」
「心配しなくても俺もメロンパンも、凛の前から逃げないよ」
「にゅ……それでも、兄さんとしたいこと……いっぱいあるんだも……お行儀だって悪くなっちゃうもん……はむッ」
目を瞑りメロンパンにかぶりつく。恥ずかしさを美味で打ち消そうとしているのか、そんな可愛いをギュッと詰め込んだような凛を見ていると、胸はキュンとして知らず知らず口元もにっこりとし、
「そっか……」
今朝元気を貰った心は、日課で視聴している仔猫の動画を見る時よりも更に念入りに癒されていき……
「ぁ……ん、兄さん……」
「なに? 」
「はぅぅ……お店で……恥じゅかしぃ……」
激しく甘やかしたくなって、いつの間にやら凛の頭を仔猫をあやすように優しく撫でていた。
「ぁ……ごめん、可愛くて……」
「ゃ……あっ……撫で撫でしながら、可愛いとか合わせ技しちゃダメぇ……はぁ……んっ……」
ざわざわと、二人の行為と凛の声に周囲の視線が集まっている。凛に言われ、周囲の目に気付き、やっと手が止まる。横には撫でられ可愛いと言われ甘い息を漏らし蕩ける弟……
「はぁ……ぁ……もぉ……髪の毛、敏感なの知ってるくせにぃ……エッチッ…… 」
「つい……」
“そういえば……前に……”
「クスッ……♪ 」
「なんで笑ってるの……僕が恥ずかしんでるのに……」
「ごめん、昔一緒にお風呂に入って髪の毛洗ってあげたら凛が暴れたの思い出しちゃって……」
「あぅ……そんな昔のこと……覚えてたんだ……」
恥じらい顔は変わらない、しかし愁の言葉を聞いて、どこか嬉しそうな笑顔が見え隠れしだし、
「忘れられないよ、暴れて滑って転びそうになって大変だったんだから……」
「んっ……でも、必死で兄さんが抱いて支えてくれたもん……」
「当たり前でしょ、大切な弟に怪我なんかさせられない、世の中のお兄ちゃんは皆そう思ってるよっ」
「大切……ッ……」
「? 何か変……? 」
「ううんっ……エヘヘ♪ 大切……そっかぁ……はむっ♪ 」
満足そうな笑みを浮かべると、そのまま何事も無かったかのようにパクパクとメロンパンを食べ始める。
“今日の凛も可愛い……”
さらさらでふわっとし、少し赤みを帯びた髪がロールカーテンの隙間から差し込む外光に照らされキラキラと輝かせる美少年、
「もぎゅ……それにひても、このサクサクの表面は……もぐ……いつほ変わらず……濃厚な……ほいしさに香ばしさが加わって……もぎゅ……贅沢の極み……ん~♪」
美味快感に陶酔し、山のようにあったメロンパンを平らげていく……細い体のどこに入っていくのか、見当もつかない。
“いっぱい頬張って……ハムスターみたいで、注意しなきゃなんだけど……可愛いなぁ……凛は何しても可愛いから、女の子にモテるんだよね……”
不意に甦る記憶。まだ高校に通っていた頃、一学年下の凛は常に取り巻きの女子達がいて、毎日のように顔ぶれが変わっていた。バレンタインの日は家に大きな段ボール数箱でチョコを持って帰ってきたり、愁が卒業してからも変わらずスマホには女子からの連絡が絶えない。
“あっ……! そうか、凛に聞けば分かるかもしれないっ……”
逆に愁は今までの人生で、一度もモテた事が無い。学生時代、魅力を感じる異性のクラスメートや先輩はいたが、どうにも本気で好きにはなれなかった。それに自分に話し掛けた異性は、どんなににこやかな会話を交わしても翌日には他人行儀で、向こうから話し掛けてくる事も無かったし畏怖の念すら感じられていた気さえする。
“この状況を変える方法……恋愛経験のない俺なんかじゃ分からない何か……”
そう思って横に顔を向けると、さっきまでメロンパンで山が出来ていたトレイを空にした頼りの凛は、満足そうにアイス珈琲を啜っている。
大好きなメロンパンを、大々々好きな兄の横で、お腹一杯食べれた。朝のベッドでは、おまじないと称して唇を当て合い、恋人のように睦み合えた。それだけでも心の底から幸せなのに、先程から大々々々好きな兄からの熱い視線を感じる。
“さっきから、どうしたのかな? とうとう僕の気持ちに気付いちゃったかな? そうだよね……今朝の、あり得ないおまじないを受け入れてくれたの……兄さんも僕を意識してるからでしょ……? ”
「どうしたの、さっきから僕の顔ジーっと見て? 」
「ぇ……あぁ、ちょっとさ……兄ちゃんとしては、弟に聞くことじゃないと思うし、恥ずかしいんだけど……凛に相談があって……」
「相談って……僕、難しいこととかわかんないょ……? 」
やり過ぎなくらい美系な兄の顔から笑みが消え、妙に真剣な表情を浮かべている。
普段のぽわわんとした印象とのギャップに堪らない魅力を感じたところで……
「凛にしか……聞けないことなんだっ! 」
「はぅッ!!? 」
そんな風に言われればきっと誰だって惚れてしまう。愁をずっと慕い続け、恋心が燃え続ける凛であれば、頬も赤すぎるほど赤らんで、胸の一つや二つはドキドキしてしまう。
“こ、こ、こ、これってッ……こ、告白!!?
ゃ……でも、ずっと……ずっと夢にまで思ってたけど……いきなりは緊張しちゃう……返事は十年も前から決めてるのに……”
兄の優しい声も普段とは違う、微かな緊張の響きが混っていて、それはこれから兄が話すであろう話の内容を予見させる。
“きっと恋愛ってこういう感じなんだ……永久に続くんじゃないかって思う努力が、一瞬で実を結ぶような…………長かったぁ……思えば、一緒に学校に通ってる時から……あれは……”
「凛? 」
「えっ!? あ、あぁ……いいよ、僕で良かったら……兄さんにそんなに頼まれたら、断れないし……」
毎日願い、育て続けた思い……それが今、花咲かせようとしている。涙さえ溢れてきそうな感動を隠し必死に平静を装う凛の返答に、愁の目は嬉しくてたまらないというようにキラキラと光り、
「ありがとっ……」
左手をギュッ……と両手で握られ、一言感謝を伝えられ、
“告白……想像するだけで興奮しちゃうっ……落ち着いて……冷静に……”
「しょ……しょうがないなぁ……で、でッ……何かな……? 」
笑顔を抑えきれない。兄は緊張からか、一度ゴクリと喉を鳴らしゆっくりと喋りだす。
「ぅ、うん……実は、好きな人がいてね……」
“兄弟の……禁じられた恋だもん……名前なんか言えないよね……僕のよく読んでた小説でも、こんな感じで告白してたのあったなぁ……最後は両思いのハッピーエンドで終わる最高の作品だった♪ ”
「うん……それで? 」
「ぁ……えっと、その人とね……付き合いもしてないのに……いきなりキ……唇を……その、しちゃって……」
兄は真剣に言いながらも女の子のように顔を赤くしたり伏し目になったり、胸の前で指をモジモジ恥じらったり、言葉もしどろもどろ……だが、その好きな人への気持ちや思いはしっかりと伝わってくる。
“僕が、あんな大胆な事しちゃったから……兄さんの頭を戸惑わせて、混乱させちゃってるんだ……先に言葉で伝えるべきだったかな? それにしても今日の兄さんは銀河一可愛いんじゃないかな? ”
「それで……俺は、前から……その人が好きで……でも、告白もしてないのに……あんな事……しかも、同性で一緒に……」
「ストップッ! 」
“つまり一緒に暮らしてる僕に、言葉でちゃんと伝えたいんだね……やっぱり……気持ちは分かってるのに……もぉ……律儀で真面目なんだから……兄さんのそういうとこ大好きッ♡
だから、この不器用な愛の告白にも付き合ってあげるし……”
「兄さん……」
「は、はぃ……」
「ここまで聞いたらもう十分だよ……」
“後押しもしてあげる。なんせ恋愛の経験も無いし、しかも恋の相手は血の繋がった僕なんだ……最近元気無かったのも、なんか悩んでたのも僕のせい……だから……”
「もう一度、チャンスがあったら……その人への気持ちをちゃんと言葉にして伝えてみたら? その人も兄さんを好きで、きっと待ってると思うし……」
“これが、返事だょ……ずっと、待ってたんだから……兄さんが僕のこと弟としてじゃなく……恋人として……”
「えッ……!? でも、先に……しちゃって……後からなんて……変なことにならないかな……しかも相手は、男の……」
「か、関係ないよっ! 男とか女とか、歳とか、例え兄弟だって関係ないんだッ! 好きって……大好きだって……愛してるって気持ちはっ、そんな分厚い壁も障害も突き破って、相手の心に届くんだッ!! 」
「ッ!!? 」
ずっと、ずっと変わることなく意識の中心にいた兄への恋慕と気迫を込めた言葉は、大きな衝撃となって店内に響き渡り、再度周囲をざわつかせた。愁はあまりの衝撃のせいか、まばたきも忘れ、キョトンと口を半開きのまま石のような固い表情になる。
“届いたかな? 届いてるよね……
そういう事……チャンスは、二人っきりのベッドの中でじっくり作ってあげるから……”
そんな兄にだけ集中している凛には、周りの好奇の眼差しやヒソヒソと耳打ちしあう声は、蚊が止まった程にも気にならない。
“ここまで、長くて大変だった……本当に……”
凛の脳裏に浮かぶ、過去の記憶……
“兄さんは、本当によく女子を惹き付ける人だったから……中学も、高校も……大変だったんだから……”
その当時から愁は、紛うことなく絶世の美少年だった。そのレベルはもう半端ではなく、枯れた花に笑顔を向けるだけで、また開花させそうな程で……
“おまけに超が付くくらいお人好しで、誰にでも笑いかけて……僕が、同じ中学に入学した時から……兄さんは皆から好かれて……特に女ぎつn……じゃなく……泥棒ねk……でもなくて、女の子は大変で……”
異性は生徒、教師関係無く巧みな画策で愁に近づこうと幾度も攻めてきた。それでも、二つの強力な味方が凛にあったおかげで、愁に恋人の類いが出来る事はついに無かった。
“兄さんは、超が付くくらい女の子とか……恋愛とかに鈍いし、疎いし……”
朝は一緒に登校し学校での授業以外、全ての時間を愁の監視……見守りに当て、異性が近づけば愁の傍に駆けつけ、退けた。それでも粘着された場合、
“危険だから……兄さんの、連絡先って言って……僕のスマホの番号を教えたり……うん……あの頃の僕は……頑張ってたっ♪ ”
その対策は……凛のガードは完璧だった。下校も一緒で、家に帰って鞄を置けば、兄は鍛練の為、師匠のいる父の職場へと出掛け、
“家での空き時間は、兄さん宛のメッセージの処分とか……あっ! あの女教師は担任でもないのに、職権乱用して家まで来そうになったっけ……今、思えば……あの戦いも、良い思い出かもね……”
その間も凛は兄を、いかなる魔の手からも守り続けた。更に……
“そうそう……兄さんって凄く……純粋で、とっても素直だったから……”
兄の好みを異性から同性へと仕向ける努力も惜しまなかった。凛の薦めで見せる映画や漫画、小説にはうっすらと“そういう”場面が散見し数年かけてサブリミナル信号のようにして愁の思考に密かに刷り込まれていった。
“予定では……僕が高校を卒業する直前に……兄さんから告白されて……例え両親に反対されても家を出て……二人で愛の逃避行……なんて思ってたけど……こんなに早まるなんて……♪ ”
懐古は終わり今の兄に視線を向けると、弱気に見えたはずの兄はおらず、その表情には目には見えない自信の色が現われ始めていた。
「うん……」
「んと……僕は、そう思ってる……どう、兄さんの好きな人に……気持ち、伝えられそう? 」
「うんッ……本当にありがとっ……凛ッ!」
神様にお祈りするように握られた手は掲げられ、小さな声で感謝を伝える愁の深く赤い瞳からは、強い決心を感じる。
「もう、大丈夫だね……本当に、世話の焼ける兄さんなんだから……」
そんな兄に心がときめき、肩にピトッと寄りそう。今夜の甘酸っぱい展開を想像するだけで、嬉しさと緊張が心地よい波となって交互に胸に押し寄せる。
“さぁ、準備はOK……後はお部屋で兄さんにキュンキュンしちゃう告白されて、おまじないとは違う……甘い初めてのキスをして、今夜……早速結ばれ……”
「いつも、こういう事は教えられてばっかり……本当は俺から凛に教えなきゃなのに……ごめんね、ちゃんとしなきゃ……ねっ? 」
「ぃ……今ッ!? そんな……急がなくても……」
想定よりも早い展開に、全身の血液が顔に集中していくような熱を感じる。
「そういう訳には……ちゃんと、今しないと俺の気持ちがおさまらない……」
「さ、さすがに恥ずかしいょ……」
兄を見上げると、兄も凛を見詰めている。
いつもの優しい微笑みは今はある種の兵器と一緒で、凛の心と身体を心地よく脱力させ……
「そんなこと言わないで、折角だし受け取って欲しい…………」
心を決めた兄の透き通るような声は柔らかくも力強く、最早凛に拒否する力は残っていない。
“はぅ━━ッ♡ ずるぃぃ……こんな距離で、そんな天使みたいな……ぃ……いや、流石に……
でもキ、キスまでなら……ここでも……”
「大胆で……せっかちなんだから……分かったょ……今、受け取ってあげるっ♡ 」
ときめきと羞恥心が混じりあって、身体が更に火照る。兄弟から始まった関係が、今変わろうとして……
「ありがと、じゃあ……」
兄の口が動いた瞬間、ベタな恋愛映画の最後のキスシーンが思い浮かぶ……これから語られるであろう甘美な言葉の後は……瞼を閉じ、兄に身を委ねるだけ……
“こういうの嫌いじゃないかも……青春ラブストーリーみたいで、よく考えたら素敵じゃないかな……♡ もお……しばらくこのお店寄れないかもだけど、覚悟完了……さぁ、兄さん……”
心の準備を終えた凛、その両肩をふわりと掴まれ、ときめきは最高潮……
「ちょっとここで待っててね、買ってくるからっ♪ 」
「んっ……なッ!? 」
瞼を開けると、寄りかかったままの身体を倒れないように支え、立ち上がった兄がそこにいた。考えるほど思考が混乱しどれだけ考えてもこの状況を理解出来ない。
「に、兄さん……なに……何買ってくるのかな……? 」
「何って……アドバイスのお礼だけど? ここのチョコのやつ、好きだって言ってたでしょ? 」
「違ッ……そうじゃなくてっ……」
「違った? だったら……」
「いやっ、違わないけどっ……今はそういう流れじゃ……」
「流れって……兄ちゃん難しいこと分かんないけど……違わないならショーケースのチョコ、全種類買ってあげるっ♪ 」
「だからそうじゃ…………えっ? 」
混乱し、雑音だらけの思考は全種類という言葉を聞いた途端、音をすべて持ち去られたように静かになる。
「全種類って……ショーケースのやつ? 結構高いよ? 無理は……」
「気にしないでいいよ、いつも……特に今日は朝から凛に救われてるんだ……だから、そのくらいはさせて……ねっ♪ 」
別の意味で優しく甘美な言葉。瞼を閉じると脳裏に浮かぶ、気品高く、ふくよかで、奥深く大人っぽい苦み、甘み、魔法の口どけ、ナッツの香ばしさや果実の酸味、それら全てを堪能出来るMilk panの大人気な自家製チョコレート。
「はぅぅ……ほ、本当にいいの? 」
それらはメロンパンとは違い少々値が張る。兄を見守り続けバイトも出来なかった凛にとってはまさに高嶺の花であり、
「いいよ、凛が喜んでくれるなら……家に帰ってゆっくり食べよ♪ 」
「うんッ♪ 食べるっ! 」
物分かり良く頷かせる。この店のチョコレートには凛に年相応の無邪気な笑顔を浮かばせるには十分な魅力があった。
“ん♪ まぁ、本来なら夜の予定だし、今は一先ず兄さんの好意に甘えちゃおう……
それに、”
更に尽きない妄想。チョコレートよりも甘く蕩けそうな幸福感に、舞い上がってしまいそうな身体を自ら抱き止め、
“部屋で二人っきり……甘いチョコを、あーんし合いながらイチャイチャと……エヘヘッ♡ ”
「じゃあ買ってくるねっ」
兄の声に反応し、我に返る。
「うんっ♪ ありがと、兄さん……待ってるょ……♡ 」
いつもより優しい兄の微笑みに見惚れる。席を離れ、レジの方へ向かっていく真っ直ぐな背中には昨日まで、正確には今朝まであった疲労もなく逆に自信さえ感じる。
“勇気を持って兄さん、それだけで僕の身も心も兄さんのもの…………あと、チョコは全種類二個ずつだと、嬉しいな……♡ ”
頭の中は今夜のことと、チョコレートでいっぱいの凛は、兄の背中に向かい小さく手を振る。誰もが見惚れそうな美少年二人の派手な会話も終わり、ちょっとした事件でもあったかのようにざわついていたカフェスペースも徐々に静かになっていく。
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