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第十四話 約束の休日 ④

歩いていると後ろから聞こえてくる底抜けに明るい太陽のような声、振り返ると瑠花は大袈裟に手を振ってくれていて……直後、それよりも大きな声ですぐに店の中へ呼び戻されていた。 「アハハッ……♪ 」 “ちょっと変わってたけど、面白くて良い人……瑠花って女の子みたいな名前だったけど、あんまり違和感も無いし……喋ってるだけで楽しく……” 「にぃいさぁん……あついぃ~~」 地を這うような声、横を見ると真夏の昼下がり焼けたアスファルトの放射する熱気のせいで、暑さにめっぽう弱い凛の額から汗がぽとぽと落ちている。 「わっ、凛ッ!? 」 熱っぽく眼の中はとろんとして芳しい状態ではない、 「あっ……そうだっ! 」 パッと稲妻のように閃いた愁は、手提げの紙袋から多めに入れて貰った保冷剤を一つ取り出し、凛の首筋にピトリ…… 「ひゃっ!? 」 「クス……♪ 少しは涼しくなった? 」 「はぅん……冷たくて気持ちぃ……♪ もっと当ててぇ……ねぇ、」 「自分で持って冷やすのっ、兄ちゃん片手塞がってるんだから……えっと、」 凛の首筋から手を離し、肩にかけたトートバッグから片手で器用に折り畳みの日傘を取り出し、これまた器用に片手で日傘をさし凛に差し掛けると、 「これで少しはマシじゃない? ちょっと小さいかもだけど」 「ぁう……相合い傘ぁ……」 表情に恥じらいがパッと咲き、足早に距離をとる。 「あっ……兄ちゃんと一緒じゃダメ? だったら凛だけでも……」 「違っ……そんな訳ないッ! けど汗かいてるから……匂いとか……」 「熱中症になったら大変でしょっ! 」 身体の事を心配する愁は追い付き日傘の小さな影へ凛を入れ、ピタッと肩を寄せるとシャツは汗で濡れていた。匂いなど気にならない、首元に顔を寄せくんくんと匂いを嗅いでみせ、 「ほらっ、全然平気だよ」 「なッ!!? 」 「変な匂いなんて思ったこともないし、どちらかというとレモンに少しお砂糖を足したみたいな……っ」 想いが口をほとばしる感じであふれ出した…… 「ホワァッ━━!!!? 」 「むぐッッ!? 」 途端、鳥類的な叫びを上げる凛に口元を塞がれた。保冷剤では冷やしきれないようで、凛は頬や首筋まで真っ赤にして見上げてくる、身体は羞恥のせいか小鳥のように震えている。 「もぉッ!! そういうの……口に出しちゃ、やぁ……デリカシーないと兄さんの好きな人に嫌われちゃうよっ! 」 「えぇっ……!? 」 不意にわき腹を突かれたような衝撃…… 自身の言葉や行動の順序、若しくは丁寧さが欠けていたせいで葵にあんな悲しげな顔をさせてしまった……トラウマのような記憶が脳裏にフラッシュバックし、なんとか通常運転に戻っていた気持ちがしおしおとうなだれる…… 「ぷはッ……あは……は……ごめんね……兄ちゃんそういうの……ほんっと疎いから……」 凛はそんな兄を見て、驚き口元を押さえていた手を引っ込めた。僅かに残った自尊心のおかげで微笑を浮かべられはしたが沈むほど重く、身体は何かにすがっていないと倒れてしまいそうなほどで、 「ハァァァ………ァ………」 「ほぇッ、兄しゃ……あぶなッ!? 」 凛の肩に顔を乗せるようにもたれ掛かる。凛は拒むことなく、今にも崩れ落ちそうな身体を抱き支えてくれて、 「ごめん……ぁははっ……ちょっとフラついちゃって……」 「い、いいよ僕も言い過ぎ……え、えとっ……あーでも、そういう正直なとこも兄さんの魅力の一つだし……僕は好きだよッ! うんっ、大好きッ! 」 健気に励ましてくれる。優しい言葉と心遣いが胸にジーン……と染み渡り、思わず涙が出てきそうで、 “ハァ……情けないなぁ……ちょっと指摘されただけで思い出して、立ち眩みまでしちゃうなんて……それに引き換え、なんて優しい子なんだっ……稽古ばっかりしてたせいで、いつの間にか世間知らずになってて……恋愛にうじうじ悩む俺を、見捨てないで何でも教えてくれる……凛が弟で本当に良かった……” 「兄ちゃんも……凛の優しいところ、大好き ……」 「ふぁ!? ァ………んッ……」 「ありがと……」 「やァ……また、耳元でぇ……囁かな……んッ…… くしゅぐった……ぃ……あっ♡ 」 目を細め涙ぐみそうになるのを全力で耐えながら、それでも精一杯の感謝の気持ちを伝えると背中に貼り付いた凛の両手はシャツを握りしめ、喘ぎにも似た声を上げる。 商店街の道のど真ん中、人の流れの中で 立ち止まったまま小さな日陰の中で身体を寄せ合って見える二人に、行き交う通行人の視線が刺さる。 “兄さんの声……気持ちぃ……良すぎて……ァ………感じちゃ……こんなとこでぇ……” 「凛……」 「はぁッ!? っ……な、なにっ? 」 愁が声が耳元にかかる度、羞恥とは別の道の 真ん中で決して感じてはいけない刺激が電気のように身体中を這い、支える為に掴んだシャツがクシャクシャになり、 “恥ずかしぃ……けど、こ、これはこれで…… そういうプレイみたいで……♡ ッ……じゃにゃくてッ……” 周囲の視線が更に加速させる刺激に、凛の僅かに残った理性が抗う。 “僕に嫌われると思い込んで……兄さん傷ついてる……こんな時にイヤらしいこと考えちゃ……” 「はぁ……ァ……兄さんッ、ぼ、僕、駅前の……喫しゃて……んッ……かき氷ぃ……食べたいなってぇ……」 「いいょ、約束だし……兄ちゃんも……ほんのちょっと休憩したぃ気分だし……」 「はぁ……ァ………」 “そ……そういえば、駅の近くに古いけど休憩出来るホテルが……♪ ッ……違うって僕の バカッ! 兄さんには色々モーションかけてるけど、あれは意識させる為の作戦で…… 本番ッ……じゃなくて初めてはもっとロマンチックに……まず……頭を冷やさないと……” 平静でいようとしても普段優しく透き通る声は艶らしく熱をもち、耳元で触れるように囁かれれば目眩にも似た恍惚感に包まれ、 「クスッ……凛、好きだもんね……あそこ練乳は自分で好きなだけ、かけれるもんね……」 「ぅん……好きぃ……ハァ……テーブルに置いてある練乳、全部かけて……あんこも……」 「遠慮しないで、いくらでも食べていいからね……あんこも、練乳もた~っぷりのかき氷……」 「うんっ……♡ うんっ……♡ たっぷりかけて……食べるの好きぃ……」 “な……なんか……兄さんの囁き声……エロぃ……ASMRみた……ぃ……で……堪えられないッ……ぃ……こんなの堪えられる人の方がおかし……” 喋ると同時に何か特別な媚薬でも出しているんじゃないかと疑いたくなるほど身体は熱くなり、その熱が下腹部に欲望となって溜まっていく……このまま密着していたい……が、このままでは欲情が兄に主張しバレてしまう。天秤の上で本能と理性がグラグラと揺れ本能の方へ傾こうとしていた、 「じゃ……行こっか……急に抱きついてごめん ね、もう大丈夫だから……」 「ぅんんっ……平気……あ、あのね……兄しゃん ……提案なんだけど……きょ、今日は喫茶店やめて……お家帰ろッ……ねっ? 」 「えっ、かき氷いいの? 」 「はぅ……うん、よく考えたら……さっきメロンパンたくさん食べたし……折角のチョコも溶けちゃうかも……それに……」 「それに……なに? 」 “やっぱダメッ!! あぅぅっ……このままだと……モヤモヤしちゃって、色々我慢出来なくなっちゃいそう……兄さん……早く……家に、早く……” 本能の方へと傾きかけた天秤は辛うじて理性の方へと落ち、離れたくない気持ちをこらえ 、なんとか愁の肩を支え身体を離し真っ直ぐに立たせた。 「んッ……な、なんでもなぃ……ささ、早く帰ろうよッ! 」 「あっ……そんな引っ張らなくてもっ……とと」 胸が情欲の炎に炙られるような焦燥感は、 日傘を持った愁の腕を掴んで陽射しの暑さにも負けず強引に引っ張らせる。 “あぁ……兄さん、ごめんっ……本当は僕とゆっくりデートしたいんだろうけど……一刻を争うんだっ……” 目立つ二人に道行く人々も当然のように立ち止まっていた。夏休みのせいか若者も多く、何かのイベント、もしくは動画の撮影と勘違いしているようで、 「えっ、なになに? なんかの撮影? 」 「カップルじゃねーの? ガチのバカップルッ! 道の真ん中でイチャつきやがって…… クソッ! 」 「ヤバッ、あっちの傘持ってる人、結構イケメン…… 」 「もう一人の男の子も可愛い系で……話し掛けてみなよ? ワンチャンLINM交換とか」 「有名なん? ちょっと写真撮っとこっと バズるかも……て、あれ? なんかこっちに……」 渦巻きのような人だかりの声はヒソヒソからガヤガヤと大きくなり、シャッター音までも聴こえだし注目が一斉に注がれる中、 「すいませんッ! ちょっと通りまぁぁぁすッ!! 」 「ちょ……凛ッ!? 」 声を上げながら愁を引き連れて、関係ないと言わんばかりに野次馬を掻き分け突き進む。 「あ……はは、すいません、すいません、本当にごめんなさい……ぁ……すいません……」 愁は愛想を振りまきペコペコと頭を下げながら、器用に傘もチョコの手提げ袋も誰にも当てず野次馬を避けて付いてきている。 “早く帰って……水シャワーッ……氷……は、冷たすぎて危なそ……” 野次馬を抜けた凛、先程までピンク色でいっぱいだった頭の中のスイッチを切り替え…… “最初からエッチな事ばっかり考えてたら、 僕の身体がもたなくなっちゃう……兄さんって体力凄いしっ……♡♡ 今夜、恋人になったら二人っきりの時間だってたくさんあるし、デートなんていくらでも出来る……♪♪ ” 今夜の事、二人の未来を想像し尽きない泉のように湧きあがる喜びに気持ちが浮かれ足取りも軽く、 「エヘヘヘッ……♪♪ 」 「ハァ……なんであんなに人が……不思議……」 「そんな天然なところも大好きだよっ兄さん♪ エヘッ♪ 」 「? そ、そう? ありがと……」 商店街を抜けた。自宅までの帰り道、日傘の手元を二人でもち他愛のない会話に花咲かせながら、次のお出掛けはどんな服を着ようか、何処へ行こうか、考えているだけで真夏の暑さも忘れ、幸せなこの時間が永遠に続けばいいと凛は心底思うのであった。

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