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第二十七話 悪夢の続きは……
もう何十、何百と同じ光景を見てしまうと、嫌なものでもすぐに気づいてしまう。
“真っ暗……今日も……か……さっきまで……”
この空も地平線も無い、只々続くだけの暗闇を
光景と呼べるかは疑問ではあるが……とにかく、これは夢だと分かる、
“あんなに、幸せだったのに……いくら夢だって……昔のことだってわかってても……イヤだな…………”
「はぁ……」
分かるが、自分でどうにか出来るものでもない。暗闇の中心から仄かに灯る光、テレビのブラウン管がぼんやり映像を映し出すように暗闇に間接
照明のようにオレンジ色が滲んで……
“もう……どうとでもすればいい……どうせ夢なんだから……って……ッ!!? ”
消え去り明るくなって夢が場面転換する。突然の事に驚き、顔を両手で覆い目蓋を深く閉じ、その場にうずくまり……
“な、なんだったの……今の……? いつもと
違う……それに、なんか……”
やさしい陽射しのような暖かさを感じる。いつもなら聞こえてくる耳障りな罵倒や苦痛の声も
なく、まるで冷たい海から引きあげられ、毛布にくるまれて温かいベッドに横たえられているようなそんな気分で……
“ど……どういう……”
気になって指の隙間から薄眼を開けて見てみると、
「うわぁ……」
思わず声をもらすほどに、透き通るような青みを帯びた空。
「きれい…………」
うずくまったそこは柔らかな、空の色を映したみたいに美しい海のようで、さざ波一つ立っていないのにキラキラと白くきらめいている。
「ふわぁ……あったかくて、気持ちいぃ……こんな素敵なとこ……映画でも見たことないかも…………」
ぽん……♪
夢の中では、いつも一人だった。
「えッッ……!? 」
思い出したくもない過去が映画のフィルムみたいになって映され強制的に見せられ続ける、そんな世界で初めて誰かに肩を軽くたたかれ、一瞬
ビクッとして、振り向くとそこに……
「なッ……!? 」
足下の水が人の形になったような、柔らかそうな
なにかで、
「き、君……だれ…………? 」
そんな不可解なものなのに不思議と怖くはない。だが彼は質問に答えない、
“言葉……通じないのかな……? 口もないし……
喋れないとか……”
ふわんふわんとした安定しない体型だが、なんとなく男性っぽい事はわかるだけで顔は無く、当然表情も無い……
“でも……なんか……”
だが、彼から微笑んでいるかのようなやさしさを感じる……
ぽん……♪
「あぅ……? ぁ……」
そう思っていると彼の手のひらみたいなものに
頭を一撫でされて、
「はぁ……ぁ……こ、こらぁ……僕は、子供じゃ……
ぁう……ぅ……」
最初は子供扱いされているみたいで羞恥の感情も湧いたが、何度も撫でられるとそのあまりの気持ちよさに次第に眼が細まって、
「あったか……気持ち……ぃ……♪ も、もちょっと上……んん……そ、そう……そのへ……えっ? 」
表情も、声もない彼の心地の良い温もりが言葉みたいになって触れられた部分から、じわじわと伝わってくる。
「もう……あんな悪い夢はみせない……
って……? 」
聞いても彼は頷かない、相変わらず口があるわけでもないので言葉もない、だが心の深い部分に
どういう訳か彼の優しい気持ちが、確実に伝わってきていて、
「フフッ……♪ ありがと、君……やさしいんだね……でも……そんなの無理なんじゃ……」
自然にそれを彼の思いと感じると口元もほころび、返事を言い掛けると、遮るみたいに次の思いが流れてくる、
「えっ……ずっと……一緒にいてくれるの……?
もう……寂しくないようにって……? 」
彼の気持ちが、また伝わってくる。それは何の疑いも差し挟まず信頼出来て、安心出来て……
「そ、そう……そうなんだ、嬉しいな……ッ……」
そんな彼にどうしようもなく甘えたくなっていて、気づくと抱きついていた。
「いきなり、ごめんね……僕……怖かったんだ……
今まで、君がいない時はあんな暗いとこに……
ずっと一人だったか……あッ……」
抱きついた彼は優しく光りだし、手のひらと同じくらいか、それ以上に温かな身体でフワっと柔らかく、包むみたいに抱きしめてくれた。
「はぅ……君は、今まで……暗い中さ迷ってた僕に、光をくれる……ほんとに……君……」
彼に抱きしめられているというより、暖かい木枠のなかに収まった、という感じがする。ここが
自分の居場所だとも思えてしまう。
「うんん……」
彼のまぶしいくらいに光りだした身体の胸の部分にそっと頬を寄せ、心臓だと思えるところの上に耳をつけ、夜の闇を優しく溶かすような光に逆らわず、目蓋を閉じて聞き慣れた鼓動に嬉しくなって、今にも泣きそうな声で彼に言う。
「大好き……愁くん……」
“俺もです……葵さん……”
すると囁くような彼の声が心にではなく、耳元で聞こえた気がして、そこで眼が覚めた。
悪夢とは正反対の、ちょっと不思議だったがとても良い夢だった。そのせいか葵にとっては久しぶりのスッキリとしたいい目覚めだった。
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