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第二十九話 目覚めて……

 寝起きで意識と肉体が上手につながっていないようで、身体が思うように動かない。   「ン…………? 」 どうやら理由はそれだけではないようで、腕の中にもぞもぞと動く温もり、 「ハァ……♡ ァ……ハァ……♡ 」 それは泡のように柔らかく、融けてしまいそうな触り心地と、 「ぁおい……さん……? 」 「はぅッ!? し、しゅうく……ハァ……ァ…… 起こしちゃった……」 少しだけ色っぽく聴こえる息遣い。気になって、ゆっくりまぶたを開けると愁の眼の前にどこか 上気したように頬を赤くする葵の顔があった。 「ぉ、おはよ……」 「おはようございます……あの、もしかして……」 そして二人をふんわりと包む薄い掛け布団の中は妙に熱っぽく、 「えッ……な、なにッ!? ぼ、僕は、なにも やましいことはッ……」 「……? いえ、俺のせいで葵さん寝苦しかったんじゃないかと……? 指が濡れて……」 Tシャツの襟ぐりが広いせいか、いよいよ乳首 まで露わになりそうなところまで乱れたTシャツを召した葵の背中に滴る汗を、愁は手の平に直に感じる。 「ぁ…………あー、僕汗っかきだから…… ははッ……」 「ごめんなさい……俺、つい癖で……」 悪戯が見つかった少女のような、ちょっぴり ばつの悪そうな顔の理由も解らないまま、葵から身体を離そうとする愁を、 「あぅ……だ、だめだよッ! 」 「え……? 」 半開きだった瞳をいっぱい見開くような声を出した葵は逃がさず抱き着き、 「こ……こうしてなきゃ……やだ……」 愁の腕の中に、さっきよりもぺったりと密着する形で収まった。 「でも、暑くないですか? 」 ただ甘く澄み透った声、白色の肌によく映える艶めく黒髪、ビー玉みたいに綺麗で大きな瞳、 「それに、俺のせいで狭いんじゃ……」 「うんんッ! ちっとも……」 見ているだけで胸がドキドキする美し過ぎる恋人。 「ぼ、僕が、愁くんと一緒に寝てたいの……」 「そう、ですか……」 寝起きでボーッとする愁の頭に、さっきまで見ていた夢が思い浮かんでくる。夢の中は物語風で、 「ぁうッ……ダ、ダメ……かな……」 ポソリと呟く可愛い唇も、腕の中から見上げてくる潤みを帯びた瞳も物語に出てきた恋する お姫様そのままで、 「ダメ、じゃないです……」 夢の主人公だった愁は少しだけ眠気の残った、 とろんとした声で囁きながら、 「俺も、葵さんとおなじ気持ちですから」 胸に収まる葵の柔らかな身体を、両腕でふわりと包んで、綺麗な瞳を見詰めやさしく微笑む。 「はぅッ……ほんとッ!? 嬉しぃ……♡♡ 」 包まれた葵は顔に幸せそうなはにかみを見せながら、愁の胸に柔らかな頬を猫が甘えるみたいに すりすりして、喜びを表現している。 「ふふっ♪ やっぱり、夢より……」 「ふぇ……夢……? 」 その言葉に葵は、甘い吐息の交わる距離で愁を まじまじと見上げ、ぴたりと動きを止めた。 「えぇ、夢……葵さんにそっくりなお姫様を助けるみたいな、少し幼いかもですけど素敵な夢でした……」 「おッ……♡ 」 愁が恥ずかしげもなく口にした、お姫様という 言葉にまんざらでもなさそうな葵は、キラキラの瞳を一際大きくして、 「ぉ……お姫様って……♡ 」 頬をほんのりと桜色に染め照れている。 「けど……」 「け、けど……? ハッ!! 」 美しいと見惚れていたら、葵は一人で突然に驚き、今度は瞳を丸くした表情の中に、ちょっとだけ切なさが浮かび混じる。 「ゆ、夢のほうが……良かったとか……そういうことッ!? 」 よく動く葵の表情。愁は純粋にそんな葵も愛らしいと思い「いえ……」と口を開き、同時にすべすべの桜色にそっと手を添え、 「夢のお姫様よりも、眼の前の葵さんの方が 綺麗ですよ」 子供に絵本を読んであげるようなやさしい口調で、素直な気持ちを打ち明けた。 「それに、と〜~っても可愛いです。」 「はぐッッ!!? 」 途端、葵は唇をわなわなと震わせ見詰め合わせていたキラキラの大きな瞳をみるみると細め、 「そ、そういうの……ちょっと……」 小声で呟いたかと思うと、サッと何かを隠すようにうつむく葵。 「ぁ……お、お気に障りました……? 」 顔が見えなくなる代わりに手の平に感じる、じわじわと火傷してしまいそうな熱。 「ごめんなさい、いくら綺麗でもお姫様って、俺……」 「違うッ……嬉しいッ! 凄く嬉しいんだッ……う、嬉し過ぎて……しゅ、愁くんのお顔……見れにゃ……」 「ッ!! 」 胸がキュン……♡ と高鳴る。手の平の熱も、葵の反応も、全てが愛おしくてたまらない。愁は 自身の頬から寝起きとは思えない熱が全身に広がっていくのを感じ、 「あっ……」 添えた手でそっと顔を上向かせる。葵はまぶしそうに今にも蕩けてしまいそうな表情で、耳元まで真っ赤で、 「はぅぅ……ぼ、僕、ぜったぃ……今……変な風になってるから……見ちゃ……」 やり過ぎなくらいに可愛く見えて、寝起きだった愁の顔に自然と微笑がのぼって来て、 「そんなこと……葵さんは全部……全部、魅力的です……」 チュ……♡  惹き寄せられて、葵の唇にキスを交わした。  初めての夜の後のキスは、凪いだ水面のように穏やかで、優しかった。 「ん……もっと、好きになってしまいました…… ふふっ♪ 」 唇をゆっくりとはなすと葵はうっとりとした、 幸せそうな笑みを見せたそばから、 「はぅ……♡ あぅ……♡ も……もぉ、朝から こんなドキドキさせて……♡ せっかく落ち着いたのにっ……ンンッ♡ 」 今度は葵の方から、なめらかな熱いキスの お返し。 ちゅ……♡ ちゅりゅ……♡♡ ちゅ……♡♡♡ 濃厚で背骨のあたりが甘だるく溶けそうになる キス。頬に添えた手に葵の白魚のように美しく きめの細かい手が重なって、何故か少し濡れている指が愛おしそうに絡まりつく。 「ぷぁ……♡ 」 「は……ぁ、買い出しとか、行かなくていいんですか……」 「それはぁ……夕方からでも、平気……♡ 」 葵の瞳には既に性的な欲望が渦を巻いていた。 「ふふっ……♡ だからぁ……♡ 」 湿っぽく熱い吐息と握り合っていない方の手に、 「あッ……ん……んッ……だ、だめですよっ!  葵さ……んんッ……疲れてるでしょ……う……ぁ……」 首筋を撫でられる。葵は熱気が籠もる掛け布団の中へ、もぞもぞと潜りこむ。 「ん……♡ なんでか知らないけどぉ、凄く元気なんだ……♡ 準備もできてるから……♡♡ 」 「準備ってなッ……あッ……ん……そんな……とこ 嗅いでは……ぁあッ……は……ぁ……」 愁の言葉を気にしない葵は、 「はぅぅ♡ 愁くんの匂い……♡♡ んふっ♡ なんだかんだ……愁くんだって……♡♡♡ 」 「あぅ……んんッ……♡ 」 舌先でじっくりと、片手とは思えない器用さで念入りに、愁の身体を味わいはじめた。 ブブッ……ブブッ……ブブッ……ブブッ…… そんな恋人同士の甘い時間が繰り広げられている寝室の隣。しんと静まり返るリビング。床に脱ぎ捨てられたズボンのポケットから微かな振動音が聞こえる。 ポケットの中、ひどく苛立っているように鳴る スマホの光る画面には、凛の名前が表示されていた。

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