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第十話
帰り道、車の中は静まり返ってた。
窓の外では、またぽつぽつと雨が降ってた。
けど、その音さえも遠く感じるほど、車の中には言葉がひとつもなかった。
僕は何も言えなくて、ただハンドルを握っていて、月美くんも、助手席でじっと黙っていた。
視線を交わすことなんて出来なかった。
けど、その沈黙が苦しいわけじゃなかった。
ただ、あのキスのあと、何か……確かに変わってしまった気がして――――
胸の奥が、ずっとざわついてた。
月美くんを駅前で降ろして、部屋に戻ってから、僕はすぐに浴室の明かりを点け――――
服を脱いで、シャワーをひねる。
細かく冷えた雨粒が身体を流れるような音を立てて、浴びせかけられた温かなお湯の下で僕は目を閉じた。
指が胸に触れる。
ぬめった石鹸の感触の中に、そこだけざらつく
皮膚がある。薄く白んだ、無数の傷痕。
小さな火傷、引っかき傷、何度も何度も裂けては塞がった皮膚――――
触れるたびに、胸の奥にまで沁み込んでくる。
「……僕、何してるんだろ……」
思わずそう呟いた声は、シャワーの音に紛れて
消えた。
月美くんと――――あんなふうに……
あんなに優しく、あんなに心を撫でるようなキスをされて、してしまった。
して、しまったんだ。
僕なんかが、触れていい唇じゃない。
あんなに綺麗な瞳に、映っていていい存在じゃない。
月美くんの手、とってもあたたかかった。
でも、それを受け入れた自分が怖かった。
その一歩を踏み出してしまったことが、後戻りできないことが――――何より怖かった。
頬を伝ってるのが、シャワーのお湯か、涙か、
もう分からなかった。
頭を垂れて、ただ浴び続ける。
湯けむりの中で震える自分が、情けなくて、苦しくて、それでも――――
あのキスを、後悔なんてできなくて。
忘れようとしても、唇の感触がまだずっとそこに残っていた。
僕はぎゅっと両腕で自分を抱いた。
消えない傷を隠すみたく。
許されない想いを、抱えたままで。
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