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第十二話

 ……目が覚めたとき、僕は、誰かの腕に包まれてた。あたたかくて、柔らかくて、それでいて 頼もしい腕。 ここは厨房の奥、さらにその奥にある小さな休憩室――――前の店長が「サボり部屋」なんて笑いながら呼んでた、お部屋。 最近はお店が忙しくて、僕もほとんど入っていなかったけど…… ソファで、寝落ちしちゃったみた…… 「……ぃ」 視線を向けたら、そこには静かに寝息を立ててる月美くんの横顔。 黒髪が頬にかかっていて、薄く開いた唇がやけに色っぽくて、昨日のことが夢じゃないんだって、胸の奥がくすぐったくなるほど嬉しくなった。 ――――夢じゃなかった…… 昨日、僕は自分を見せて、それでも月美くんは……好きって言ってくれて、いっぱいキス して、抱きしめられて……それは全部、全部、 現実だった。 「……ぉ、おはようの、キス……ってどんな感じ、 かな……?」 気持ちが、浮かれてる。小声でつぶやきながら、そっーと月美くんの寝顔に近づいてく。 「あ……」 あんなにいっぱいキスしたのに、 「おはようのキス」ってだけで、なんでこんなに ドキドキするんだろ…… なんだか……新婚さん、みたいだからかな……って、そう思ったら頬が熱くなって、余計にドキドキして、近づいた唇が数センチのところで止まったまま固まってた。 そのとき―――― ふわっと睫毛が動いて、月美くんの瞼が開いた。 「……おはよ、ございます、涼風さん……」 ぼんやりした声のあと、月美くんは、そのまま僕の頬に手を添えて、何のためらいもなく寝起きのキスをされた。 一瞬、息が止まるほど驚いたのに、次の瞬間には、心臓が破裂しそうなほど嬉しくなって、僕は何も考えられなくなって―――― ゆっくりと、何度も唇を触れ合わせて……朝からこんなに幸せでいいのかなって、思わず笑いそうになってしまう。 「ン……昨日……結局、飲み物だけ、でしたよね……お腹、空いていませんか……?」  穏やかに聞いてきた月美くんは、まだ寝癖の残る髪を指先で整えながら僕の顔を覗き込んできた。 真面目で、ちょっと心配そうな眼差し。 そのくせ、瞳はまだ少し眠たげで。 このアンバランスな表情がたまらなく愛しくて、僕のお胸はまた、ふわっと甘い気持ちで満ちていった。 「俺、涼風さんほどではないですけど……料理、少しくらいは出来ますから……なにか作りますよ……」 そう言って、月美くんはソファから立ち上がろうとした。 優しい、ほんとうに優しい…… ……でも。 「……ゃ……まって」 僕の指先は、月美くんの手首をつかんでた。 自然に伸びてた。自分でも驚きの速度でスッと 動いた手だった。 そして僕は、そのまま立ち上がろうとした 月美くんの腰に、ぴと……っと抱きついた。 「お腹、空いてないよ……。なんかね……」 顔を上げて、月美くんを見つめる。 「いつもだったら……甘いもの食べなきゃって、思うのに……今はなんだか、お胸がいっぱいで…… それよりも……あの、まだ月美くんと離れたくなぃ……」 ほんの少しだけ唇を尖らせて、視線を上げたまま、上目遣いで伝えた。 ちょっとだけ、わがままっぽく。 月美くんの動きは、ピタッて止まった。 目を瞬かせて、それからぽかんと口を開けて―――― 「……っ、か、可愛すぎ……」 ふるふるって顔を真っ赤にしながら、月美くんはその場にぺたん、と崩れるようにソファへ座り直してくれた。 「……反則、ですよ……」 お腹を抱えてうつむくその姿に、僕はふふって 笑って、さらに腕に力をこめた。 「嬉しい……僕も、君に可愛いって言われるの……すごく嬉しいよ……」 「……ッ」 すり寄るようにして、ぴったりとくっついた僕に、月美くんは何か言いかけて口を噤み、 それからやさしく髪を撫でてくれた。 その手のひらのぬくもりが、とろけるくらいにあったかくて、僕は目を閉じたまま、小さくため息をついた。 今日は水曜日、買い出しとか行かなきゃってことは、ちゃんとわかってる。 でも、今は……もう少しだけ、甘えて、くっついて、優しい時間のなかに溶けてたい。 月美くんが僕の額にそっとキスをしてくれたら、僕はそのまま瞼の裏で笑ってしまう。 嬉しくて、幸せで、どうしようもないくらい、 今が好き……♡ そうして僕らは、お昼になるまで―――― 誰にも邪魔されない甘い世界で、ふたりっきりの 時間を過ごした。

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