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第十五話
水汲み場の駐車場に車を停め、後部からポリタンクを引きずり出す葵の姿を、少年は木々の間から静かに見つめていた。
この32日間――――毎朝、毎晩、少年は葵を監視してきた。
あの細い腕では買い出しのレジ袋すら、たまに手から滑らせ落とす。重い扉も時折、体重をかけてようやく開けていた。そんな非力な葵が、今は
二つのポリタンクを抱え、目の前の石段を見上げて、完全に呆然と立ち尽くしている。
少年は、思わず眉をひそめた。
――――これは……
石段は長く、段差も高い。苔むした石面は滑りやすく、何よりタンクの重さが腕を奪うには十分だった。
けれど葵は、やがて顔を上げ、ゆっくりと一段、また一段と登り始めた。
「……やっぱり、頑張るんですね貴方は」
少年の口から、思わず零れ落ちた言葉だった。
階段の途中で何度も足を止め、水のタンクを足元に置いては膝に手をついて呼吸を整える葵。
その姿は、強いというより、痛ましいほどの弱さの中で、それでも前を向こうとする意思の塊に見えた。
やがて時間をかけて石段を登りきり、水汲み場に辿り着いた葵が、額の汗を拭うように黒髪をかき上げる。
少年は、誰に見せるでもない微笑を浮かべた。
「……よく、頑張りました」
その小さな背中が、少年の胸にまた一滴、言葉にできない想いを落としていった。
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