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第二十三話
そして迎えた火曜日――勤務五日目の夕方。
淡い夕日に包まれた「日向」の前で、葵が微笑みながら言った。
「お疲れ様、はじめてのことばっかりで大変だったでしょ?」
「いえ。……新鮮で、とっても楽しかったです」
その言葉は、心からのものだった。
葵の隣で過ごす日々は、どれもが眩しくて、どれもが幸せで。
「ふふっ♪ そっか。ぁ、あしたと明後日はお休みだから、ゆっくり休んでね、月美くん」
「涼風さんは……お休み、何されるんですか?」
葵がふっと視線を上げた。
「んー……お店の備品の買い出し、とか……かな」
その言葉に、愁はわずかに逡巡して――けれど、
京之介にもらった“いろは”の中にあった
「一緒に過ごす時間を、恐れずに求めなさい」
という言葉を思い出す。
だから、そっと口を開いた。
「それも……手伝いますよ」
そう口にした瞬間、鼓動がひときわ大きく跳ねた。
言い訳なんて、何も浮かばなかった。
護衛という大義名分すら、本心の前では霞んでいく。
本当は――ただ、傍にいたい。
もっと長く、一緒にいたい。
それだけだった。
「え、でも……買い出しだよ?お給料も少ないんだし、せっかくのお休みなんだから……」
葵が首をかしげながら言う。その柔らかな声に、愁は少しだけ笑った。
「お休みですから、自由でしょう? それに……涼風さんと一緒なら、きっと楽しいですし」
それは、少しだけ京之介の言葉を真似たような、甘くまっすぐな言い回し。
けれど、胸の奥から紡いだ、偽りない言葉だった。
言ってしまった後で、自分でも驚いた。
感情をこんなふうに口にすることに、もう怖さはなかった。
むしろ、伝えられたことにほっとしていた。
葵は一瞬、目を見開いて――
「……ふふっ」
すぐに、ふんわりと笑ってくれた。
その笑顔があまりにも優しくて、
愁の胸に、温かい灯のように静かに染み込んでいく。
……たぶん、これで、いい
本で読んだ通りに、少しずつ。
愁は今、自分の気持ちを言葉にして、葵に届けようとしている。
それが、恋だと知ったから。
そして、何より。
その想いが、今の自分を、ちゃんと生かしていると――確かに、思えたから。
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