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第二十二話

 重厚な鉄扉が開かれる。 息が詰まるような無音の空気の中、九条京之介がゆっくりと足を踏み入れる。 場所は、名も知らぬ某国――けれど政権の実権を握る政府の中枢、国家の心臓部とも言える建物の最上階。 大理石の床に響く軽やかなヒールの音。 壁は金に縁取られ、シャンデリアが眩く照らす 異様なほど豪奢な空間。 その奥、巨大な玉座のような椅子に収まる男。 ふてぶてしい顔に脂ぎった褐色の肌、まるで人を人と思わぬ暴君――この国の「代表」とされる 独裁者だった。 その男を守るため、屈強なボディーガードが数十人、剣と銃と最新の護衛装備に身を包んで九条を取り囲んでいた。 しかし、九条京之介は、まるで舞踏会でも訪れたかのように気だるげに笑った。 朱を含んだ艶やかなボブカットが、前髪をかきあげる動作と共に滑らかに揺れる。 「んふふふ……♪ほんま、可愛い子ぉやなぁ。 ……あの子、また電話してくれてん。嬉しゅうて、ついついニヤけてまうわぁ♪」 軽く微笑みながら、胸元の内ポケットへスマホをしまう。 艶めいた睫毛の奥で、瞳だけが冷たく光る。 「まぁ、なに言うてるか、わからんやろけど―― お待たせしたなぁ?」 そう言って片手に持つ小太刀をすっと掲げる。 瞬間、爆発するかのように護衛たちが動いた。 電磁盾を展開する者、重装備の盾を構える者、遠距離から弾丸を撃ち込む者。 だが――すべて、遅い。 小太刀が一閃。 風すら切る鋭さで、最前列の男の喉元を深々と 裂いた。 返す刃で右隣の腹部を、そして左の腕を。 京之介の動きは、まるで舞い踊る蝶のようだった。 微笑みを絶やさぬまま、足捌きひとつで敵の背後へと回り込み、刃を滑らせて頸動脈を穿つ。 「……せやなぁ、ウチ、あんたらみとぉな醜いもんが嫌いやねん。特に――欲と怠惰が詰まった顔、ほんまぁ……見とるだけで虫唾が走るわ」 殺されゆく兵士たちは何一つ叫べぬまま、ただ息絶えていった。 防弾ガラスを背に銃を構えていた狙撃兵の脳天に小太刀を突き立て、降り注ぐ銃弾の雨も、布のように翻る衣が全てをすり抜ける。 二十人。 三十人。 四十人―― 一分ごとに倒れていく。 どの死体にも、一撃のみ。 過不足のない、美しすぎる殺意。 最後に残ったのは、玉座に座る独裁者だけだった。 汗まみれの顔で懇願するように口を開く男に、 京之介は一歩一歩、足音を響かせながら近づく。 「そないに震えて、可哀想に。けどな……」 小太刀の刃が、男の足の甲を裂く。 「なに言うてるんか、ちいともわからん―― 楽に、死ねるぅ思たら大間違いや」 今まで自国民に行なってきた悪政、弾圧、拷問。 その万分の一でも、この男に味合わせなければ気が済まない。 「……自分が何人の命、潰してきたか、わかっとる?」 刀が今度は、肩口から滑るように切り裂く。 異国の悲鳴が響く。血が飛び散る。 「……抵抗できへん人間を殺して、その子供らを泣かせて、痛めて、また殺して……」 頬に、返り血が跳ねる。 しかし京之介の顔に浮かぶのは、変わらず妖艶な笑みだった。 「汚いなぁ……まぁ、死ぬまでかかって、その痛み、味わうたらええわ」 刃が、首筋へ。 そして――――終わり。 玉座が倒れ、国の中心が、静かに崩れ落ちた。 京之介は血の海に立ち尽くしたまま、濡れた刀身をゆっくり振って血を払う。 スーツの皺一つない。傷もない。呼吸も乱れていない。 いつもの通りの、美しさを纏ったまま。 「……さて、と」 手をすっと滑らせて、スマートフォンを取り出し、スケジュールを確認する。 あの子、明日も早いんかいな? 「うふふふふ……♪」 なんか、ここ数年直で顔見てないから、会いとうなってきたなぁ…… 画面に映るスケジュール表を見つめながら、 京之介の口元はさらに柔らかくほころぶ。 ――可愛いもんは、ちゃんと護らなな。 「んふ……うちの大切な、弟やさかいな」 そう呟いた声は、まるで花の香りを纏った毒の ように、甘く、冷たく、世界を締めつける。 返り血の中に立つ九条京之介の姿は、まさに “死を纏う美”だった。

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