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第二十五話

 そこは、港湾地帯にある古びた配送倉庫の地下。 湿気と油に満ちたコンクリ床の奥、剥き出しの電球が鈍く照らす空間。壁に生えた黒カビは、 換気の悪さだけではない何か――もっと腐ったものの名残を思わせる。  “相談室”と呼ばれるその一角。だが話されるのは専ら報復か、始末の段取り。口に出すのも躊躇うような仕事ばかりだった。  テーブルの上には缶ビールと湿った煙草、そして数枚の紙。印刷された監視映像の切り抜き。 そこには、涼風 葵と、そのすぐ隣に立つ 赤い目の少年が何枚も写っていた。 「……やっぱ、こいつの動き、変だ。見てからじゃねぇ、“感じてる”って動き方だ」  肩から肘まで鎧のように膨らんだ腕を持つ男が、作業台をどんと叩いて言った。 突入と制圧を専門にする彼は、これまで数十人を“壁ごと”押し潰してきた。 「だがよ、五回目の奴、顔と赤目だけ報告して沈んだんだろ。こいつが片付けたんだとしたら違和感ねぇ……だろ?」  その隣で、ナイフを指の上でくるくると回す男が、にやりと口の端を持ち上げる。 呼吸の変化を読む異能めいた直感を持つこの男は、いつだって“先”を嗅ぐのが得意だった。 「面白れぇ目してるよな。笑ってねぇのに笑ってやがる。獣の目だ。自分のこと、人間だと思ってねぇ」 「どちらにせよ、始末すりゃ済む話です。 ……問題は、タイミングと位置」  無駄な言葉を持たない三人組が、モニターを囲みながら地図を睨む。 牽制・狙撃・潰し――都市部での同時始末を得意とするトリオ。 そのうちの一人が、ぽつりと吐く。 「狙撃ラインが毎度潰れてますね。何故か、 ちょうどこの子が立っています」 「品物に触れる間合いも完璧。狙撃は無理だね。護衛というより……匂いで動いてるみたい」 「ま、“こっち側”ってことだろ」 制圧の男が鼻を鳴らす。 そこに、別の話題が乗せられた。 「それにしても、最近“会社”の方がせっついてんのが気になるな」 「週に何件来てると思う?“進捗確認”だとよ。依頼主が落ち着きなくなってんだろ」 「俺たちに直じゃなく、会社宛。要は、あっちが焦ってんだよ。品物が長生きしすぎて」 「まあ、無理もねぇ。六回しかけて、成果ゼロだしな」 そう言って、一人がくつくつと喉の奥で笑う。 「まぁ“こっち側”だとしても相手はガキ一人だろ?今まで仕掛けた奴らもカスばっかりだしよ」  そこには、警戒も、深い読みもなかった。 誰も、あの少年が“自分たちを意図的に引きつけている”などとは夢にも思っていない。 彼らの視線は写真の一点―― 涼風 葵に向けられる少年の目、ではなく、少年そのものにあった。 「でもさぁ、喫茶店に張り付いて、品物の傍 うろちょろして……」 「やっぱり、愛人なんじゃねぇの?」 「顔だけは良いしな。夜の相手ってか? 身持ちの堅い商品にご執心で~、ってな」 「だったらちょうどいい。始末すりゃ品物もガラ空きになる。むしろ、先に片付けとくべきだろ」 「護衛を潰すのが一番早い。……常識だ」  やがて、トリオの三人がモニターに映し出された地図に指を滑らせ、ぴたりと一点を指し示した。 「夕方、駅裏。ここなら自然に誘導できる」 「こっちで塞いで、あんたが一歩踏み込んだら、俺が喉元抜く。正面は牽制」 「三秒で終わっちゃうでしょ、つまんな」 「遊んでる暇はねぇ。会社もうるせぇしな。 サッと殺って、ケリつけようぜ」 濁った笑い声が、黒カビの壁に濁って沁みた。 ――けれど、彼らは知らなかった。 少年が、ただの護衛でも、ただの愛人でもないことを。  誰かに命じられて動いているのではなく、葵を守りながら、意図的に“自分へ”標的を引き寄せていることを。  依頼主を炙り出すため、自ら餌となり、その 視線の全てを引き受ける覚悟でいることを。

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