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第四十話
朝の光はまだやわらかくて、カーテンの隙間から差し込む淡い明かりが、薄手の布団越しに
ふわりと僕らを包み込んでいた。
こんなに小さな一人用のパイプベッドなのに、
不思議……この腕の中だけは、どんな場所より
広くて、あったかくて、ほっとする。
月美くんの腕が、眠っている間も、ぎゅっと僕の腰にまわされてて。
まるで、大事なものを守るみたいに、やさしくて頼もしいぬくもり。
……昨日も、お昼まで僕を、抱きしめてくれた。
夜だって……ずっと、月美くんは僕を腕の中に入れてくれてた。
その感触が、心のどこかにしみ込んでいて、
目が覚めた今も、すぐそばにあるだけで――
お胸がぎゅうっ……てなる。
それに――
ふと顔をあげると、寝顔が、すぐそこにあった。
長い睫毛、なめらかな輪郭、ほんのり開いた唇。夜の闇を超えて、何ひとつ変わらない、
きれいな寝顔。
「はぅ……キレイ、すぎるょ……ぁ……」
そっと呟いた声が、耳に届いてしまうんじゃないかって、自分でびくってしちゃう。
でも、それすら幸せで――
包帯を巻かれた腕に、そっと指を触れさせた。
「……ありがと……助けに来てくれて……」
僕の知ってる月美くんは、やさしくて、
まっすぐで、まるで子どもみたいに真剣で……
作られた存在だって、誰かが言っていたとしても、そんなの関係ない。
……僕のこと、こんなに大切にしてくれる子だもん……
それだけで、僕の心はもう――月美くんから離れられなくなって……
「……っる!?」
……と、そこでふと視線を落とすと、布団の中、月美くんの上半身が――裸で。
びっくりして、瞬きして。思わず心臓が跳ね上がった。
っ……な、なにを……今さら驚いてるんだ、僕……
昨日の夜……月美くんの手当てだってして……
こうして、抱っこしてもらってて今さら……
ね……ケガ……
……他にも、あるんじゃない……かな……?
なんて、はじめはケガしてないか確認するだけのつもりだった。
でも、指先が、つい……包帯のから、
あったかい素肌にふれてしまって……
ちがうちがう……僕、そういうんじゃ……
言い訳が頭の中でぐるぐるしてても、もう手は止められなくて。
指先が、そっと鎖骨をなぞって、胸元から脇腹へ――優しく愛しむみたいに、ゆっくりと撫で降りてく。
あたたかくて、少しだけ固くて……でも、
やわらかくて。
ふわっと漂う匂いに、またお胸がドキドキし
はじめる。
「……月美くん、起きて……ないよね……?」
念のために、ちょっとだけ確かめた……
僕の呼吸は浅くなって、ほんのり頬も熱くなって――気づいた時には、指が、ちょっとだけ
“その先”に行きかけていて……
「……あの……涼、風さん……?」
「はぅっ!?」
急に耳元に聞こえた声に、びっくりして顔を上げると、月美くんが……まだ少し眠たそうな顔で、でも、はっきり僕のこと見てた。
「……その……あんまり、触られると……恥ずかしい、です……」
その一言に、全身が一気に熱くなる。
「っ、ご、ごめっ……ちが……! そ、そんなんじゃなくてっ……!」
慌てて手を引っ込める僕を、月美くんは困ったように、けれどやさしく見つめながら、ぽつりと言った。
「……なんで、謝るんですか?」
「だって……ケガしてるし……嫌かなって、思って……」
「嫌じゃない、ですよ……でも……」
「でも……?」
「好きな人に、こんな風に触られるの……
ドキドキして、恥ずかしくて……」
「は!?」
ぽそっと言いながら、月美くんは布団の端を
ぎゅっと握って、耳まで赤くなってて。
な、なんで、こんなに……可愛いの……?
もうたまらなくなって、そっと身を寄せた。
「ね……ねぇ、月美くん。……もう一回、抱っこ
してほしいな……」
「……え……?」
「き、昨日怖かったんだよ。……思い出すと、
まだちょっと、震えてる、気がするし……」
「月美くんに、ぎゅって抱かれたら、なんか
全部、平気になれる気がするの……ダメ?」
甘えるように小さくお願いすると、月美くんは、しばらく戸惑ったように僕を見つめて――
ふわっと、やさしい笑みを浮かべた。
「……もちろん。何度でも、抱きしめさせてください……」
その言葉と一緒に、腕がそっと背中に
回されて、僕はまた、あたたかく包まれた。
鼓動と、ぬくもりと、心の奥に届く、優しさ。
「……月美くん……好き……」
「俺も……涼風さんが、好き……大好きです」
「ふふっ♪」
そう囁き合った朝のベッドの中。
その瞬間だけは、何もないこの古いアパートの一室が――世界中でいちばん幸せな場所だった。
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