44 / 173

第四十四話

僕は、悩んでるんだ。 ――ううん、悩んでるっていうか……  なんでこんなに、月美くんのこと、欲しくてたまらないのかって。  キスだけじゃ足りなくて、お腹の奥がね…… どうしようもなく熱いんだ。  昨日「日向」に、月美くんの上司って、お兄さんっていう、あの艶っぽい人――九条さんが来た。  赤色の派手なスーツに、ヒールが似合ってて、 凄くキレイで。それに甘い香水の香りがして…… 月美くんと九条さんが楽しそうに話していて、 あまつさえ、お兄ちゃんと弟ってあんななのかって思うくらいぺったり引っ付いてて、なんか イチャついてるように見えて…… ……結局、僕の誤解だったって、教えてもらってわかってる。わかってるけど…… 思わず僕は、九条さんがいなくなった後、 まだカウンターに残っていた月美くんの上に跨っちゃった……  あれは我ながらすごい勢いだったと思う。 お胸の奥がキリキリしてて、そのまま……貪る みたいに、何度も、何度もキスをして。 月美くんも、何も言わずに僕の唇を受け入れてくれて、優しくて、深くて……気が遠くなりそうだった。  それから月美くんと一緒に、アパートまで 帰って、駐車場でもまたキスしちゃって、 お部屋に着いてからも、僕は月美くんに抱っこをせがんで、ずーっと頭撫でてもらって、優しい キスをしてもらって、月美くんの唇の感触に安心して眠りについた。 ――それなのに、満足できてない…… 僕、どうかしてる。 厨房から、ふと見える客室。  滑るように客室を動く月美くんは、まるで絵画から抜け出したような艶っぽさで――ふと見せる 横顔に、客席の女性たちの視線が吸い寄せられてた。  連絡先をこっそり渡す子もいて、その瞬間、 僕の奥で何かが「バチン」って切れた。 イライラ、モヤモヤ。息が苦しくなって…… ――それだけじゃない。 「――涼風さん、注文、聞こえていますか……?」 月美くんが、背後から耳元に顔を近づけてそっと囁いた瞬間。  びくん、て反射的に肩が跳ねて、ぞくって、 背筋が甘く痺れた。膝が抜けそうになるのを必死に堪えた。 喉の奥から、なにか――声とも喘ぎともつかない ものが漏れそうになって、ぐっと奥歯を噛みしめて堪えた。 「……涼風さん、大丈夫ですか?」 なのに、振り返った先で、月美くんはこんなに キレイな顔して、真剣に僕のことを心配そうに 見つめてるんだ――   もう……息が、止まりそうだった――  耳朶に触れた月美くんの声。吐息。 低くもなくて、高くもなくて、落ち着いてて、 くすぐるように優しくて。 ――どうしよう、僕……月美くんの声だけで…… そんなのおかしいって、自分でも思う。 声をかけられただけで、身体が勝手に反応して、脳まで蕩けて、お腹の奥がギュウって疼くなんて…… 僕の身体……どうなっちゃたんだろって。  よく考えたら、最初のキスから、ずっとキスを求めてるのは、いつも僕の方だ。  月美くんは優しくて、拒まないし、むしろ受け止めてくれる。 でも、でも……たまには、月美くんの方から、 きて欲しい。  月美くんになら腕を引かれて、壁に押し付けられて、「キスしたい」なんて言葉、なくたっていいから、目が合った瞬間、唇を奪われるような――そんなのを、僕は、期待してる…… おかしい、よね…… 僕、昔あんな目に遭ったのに。 汚くて、醜くて、地獄みたいだったのに。 身体だって傷痕だらけ……なのに…… なのに、月美くんのことになると…… お腹の奥が、きゅんって熱を持って、ぴりぴりが溜まって、じゅくじゅく疼いて、下着……張りついて、ひとりでに息が漏れてる。 今だって…… 客室に戻った月美くんが真剣に接客している姿を見てるだけで、頭の中じゃ、もう何回も抱かれてる。  Yシャツの下から手を差し込まれて、 唇を塞がれて、 「可愛い」って囁かれながら―― 「はぅ……」  僕って、こんなにエッチ……だったのかな……?  こんなことばっかり考えてるって月美くんに バレたら……ちょっと、引かれちゃうのかな……? でも、もう止まれなさそう…… 月美くんのこと、好きで、好きで…… 僕……キスだけじゃ足りないんだ……。 もっと触れてほしい。もっと深く、月美くんを 感じたい…… ねぇ……月美くん。僕、もう……限界なんだけど……。

ともだちにシェアしよう!