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第四十五話

営業を終えた夕暮れの店内。  木の香りが、いつもよりやわらかく香っている気がした。  客室から聞こえていた食器の片付けの音が 止んで、足音が、近づいてくる。 厨房の扉が、そっと押し開けられる気配。  僕の中に溜まっていた、甘く疼くような熱が、 そこから零れそうになる。 「涼風さん、客室の片付けはおわ……」 「っ……月美くん……!」 名前を呼ぶより早く、僕の身体が勝手に動いていた。 近づいてきた月美くんの胸元に抱きついて、顔を上げたその瞬間―― 「ん……」  何も言わずに求めたキスに、彼はいつものように、やさしく応えてくれる。  ふわりとした息を吹きかけるみたいに、そっと触れる唇。  ただそれだけで、心が満たされてしまいそうになるのが、悔しいくらい。 ……けど、今日は違う……  僕の奥に溜まっていた疼きが、どうしてもそれだけじゃおさまらなくて。 唇を、すこしだけ開いた。  もっと深く、もっと繋がりたくて――舌を、彼に差し出そうとした、その時だった。 「っ……」 月美くんは、唇を離してしまった……  その綺麗な顔が、ふいに遠くなった気がして――僕は戸惑って……なんか凄い痛みに突き動かされるみたく、言葉をこぼした。 「……ねぇ、月美くん……」 「ぁ……はい……」 「月美くんは……僕のこと、抱きたい……とか、 思わないの……?」 言って……自分でも震えるみたいな声だったって気づいた。 「あのさ……僕の身体、たくさん傷があるから……だから……キス……までなの……?」  月美くんのまなざしが、ふっと逸れて、床の 方を見つめてる。 その横顔がとても綺麗で、でも、悲しいくらいに遠くて。 「……ごめんなさい」 ぽつりと落ちた声が、ナイフみたいに僕の心に刺さった。 ……あぁ――拒絶されちゃった……  そう思った瞬間、涙がにじみそうになるのを、 必死で堪えた。 でも、次の瞬間……。  月美くん、すこし震える声で、ゆっくりと話し はじめた。 「まえにも言いましたけど……俺、涼風さんの 傷……を、そういう風に思ったこと一度もないです……」 「ッ……だったら……」 「その……昔を、思い出させてしまうんじゃないかと思って……」 「ぁ……」 ふいに視線が合った。 「本当に。葵さんの身体も、気持ちも……全部…… 綺麗だと思ってます……。」  月美くんの赤い瞳が真っ直ぐで、だけど不器用に揺れている。 「……それに。キスの続きをしたくないなんて…… あるわけもなくて……けど、俺がそれを望んだら、涼風さん、また苦しむかもしれないって……俺のわがままで、傷つけてしまうかもしれないって、思ったら、怖くて……」 その瞬間、胸の奥がきゅうっと締めつけられて。 涙が、堪えきれずに、ぽろっとこぼれてしまった。 僕は……自分のことばっかり考えてた。  月美くんと一つになりたいって、もっと触れられたいって――  そんなことばっかりで、月美くんの優しさとか、怖さを、なんにも考えられてなかったんだ。 「月美くん……ごめんなさい……ん」  僕は彼の首に腕をまわして、そっと唇を重ねた。 やわらかくて、優しいキスを。 「……涼風、さん……」 「……僕……月美くんと……愛し合いたい…… 月美くんじゃなきゃ……やだ……」 「っ……はい……」 月美くんの唇が、そっと返してくれる。 ぬくもりが、だんだん熱くなってきて、 僕らは――何度も、何度も、おたがいにキスしあって…… 「ふ……ぁ……つきみく……ん……」 気づいたら、月美くんの腕が、僕の腰にまわってて僕を抱いたまま、ゆっくりと厨房の壁際まで歩いていく。 壁に、僕の背中がそっと預けられて。 月美くんは、火照ってるほっぺを隠すみたいに 視線を逸らした。けど次の瞬間、 そっと目を合わせて…… そして―― ゆっくりと、キス……。 いつもの甘いキスじゃなくて、もっと深くて、 もっと……甘いキス―― 「……っ、ふ……ん、ぁ……」  くちびるが吸われるたび、やわらかい水音が 唇の隙間で濡れて鳴る。 ぬるり、って舌と舌が絡みあって、吐息と吐息が溶け合って、僕の耳の奥にも熱いのが響く。 「ふぅ……あ……つき、みきゅ……ちゅ……ん……」  浅く、深く、また浅く……月美くんのキスは、 まるで僕の心を撫でるみたいだった。  舌先で、くすぐるみたく上の歯をなぞられて、びくんと背筋が跳ねた。  音を立てて吸われるたび、僕の身体の奥が きゅんきゅん疼いて、もう膝がくずれそう…… 「んっ、ちゅ、れぁ……ん、ふ……っ♡」  耳元で漏れる月美くんの吐息も、甘くて、 艶っぽくて……ずるい。  僕のあそこが熱くなってるの、きっと月美くんにバレてる……くちびるを塞がれて、離されて、また重ねられて……  ずっとこのままキスされてたら、溶けてなくなっちゃう、そんな感じで…… 「涼風さん……可愛い……ん……」  囁くように言われた言葉に、トクンって心臓が 跳ねた。熱が上がって、くちびるの奥じんじんする。 頭が真っ白になりそうだった…… 「つきみく……ん……ふ……っ……」 キスのたびに鳴るちゅ、ちゅぷ、って音が いやらしくて、でも、もっと欲しくなってしまって…… 僕の中の何かが、甘く、蕩けて、零れていく。 「ん……ぁ……りゅ……ちゅ……」 熱いのが、溶けきる寸前だった。 くちびるの奥、喉の奥、心の奥……全部、 月美くんのキスで、埋め尽くされてく。 僕は、彼のくちづけ一つで、こんなに ――とろけてしまう。

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