48 / 173

第四十八話

 深夜――。  静まり返った休憩室の中、僕と月美くんはソファの上で寄り添ってた。  素っ裸のまんま、二人で一枚の薄いタオルケットを肩までかぶって――でも、僕に向き合う勇気は なくて、月美くんもきっと合わせてくれてるおかげで、お互いに前を向いたまま。  身体はまだ火照ってて、息も落ち着かない。 それでも、心の中は別の意味で落ち着かない。 ……さっきの僕、完全に覚えられた……。  月美くんに僕の身体の色んなとこ……ていうか 全部見られて、たくさんエッチなキスして、 たくさん愛撫されて、して……一つになって、 あんなに激しく、やさしく攻められて一緒に……  お腹は、まだ月美くんので中が熱い気が する……手のひら、熱いもん…… そこまでは、いいんだ……好きあっているんだから……恥ずかしいけど……  けど―― あんなエッチなこと言っちゃうなんて…… しかも両脚を開いて月美くんに、前も後ろも……あんな――あぁ……頭の中に浮かんでくるだけで、もう死んじゃいそうなくらい恥ずかしい。  隣の月美くんは……たぶん、嬉しそう、だと思う。僕に合わせてくれて、ただ黙ってる。  タオルケットの中で沈黙が続いてる。僕の中には、どうしても消えない引っかかりがある。  さっきの、月美くん……。 すごく上手だった。そりゃ、大好きな月美くんと一つになれて、愛しあえて嬉しい……  けどっ―― こういう場合は、僕が年上としてやさしくリードして、やさしく微笑んで……背景に花が咲くか 香りが漂っている……みたいな感じになるのが 普通じゃないかな?  それが現実は、月見くんにあんなに上手く、 優しく、リードされて、ほとんどされるがまま。さっき何度も、何度も、溺れるみたいにイかされて、息も涙も下半身もぐちゃぐちゃになった。  あれは、慣れてる人じゃないと無理なんじゃないのかな……って、身体は幸せでいっぱいなのに、なんか心がざわついてる気がする。  僕にはよくわかんないけど、月美くんは 秘密組織のスーパーエージェント。だったら潜入とかみたいなので、そういう事とか……  いや……まさか、あの美人な、それこそ花の 香りしそうな京之介って人に「んふふふ……♪ 愁ちゃんのはじめて……うちが、もろおてあげる……やさしゅうしたるからね……んふふ♡」 こんな感じで奪われたのかな? 月見くん、僕の知らない顔をいくつも持ってる。その中に、僕が知らない「夜の顔」まであったら……なんか悔しいな。 いや、不安、かな……自分でもよくわからない。   「……ねえ、月見くん」 「……はい?」 「誰かと……したこと、あるの?」  空気が止まった。月見くんの肩が、ほんの少しだけ揺れる。答えは返ってこない。  沈黙が、数秒なのか数分なのかわからない長さで流れた。 「……教えて」  もう一度、今度はちょっと真剣な感じで、彼の背中に向かって声を投げてみた。  観念したように、彼はゆっくりと指を伸ばし、部屋の隅――棚を指差した。  そこには、僕が前に愛読していてアパートに ないなって思ってたBL小説が何冊も並んでる。 表紙はちょっとヨレて、ページの端には僕が折った跡があるやつ。 「……それを、全部読みました……」 「んっ?」 「あの……休憩のとき……涼風さんが好きな本だと思って……好きな人の、好きなものは知りたいと思って」 「……」 「……しかも、その……折り目のところ、暗記できるくらい読んでます……」 ほっぺが、あっつい……。 「……そ、それって……」  あのページ……あのシーン……濡れ場ばっかりじゃないか!! 「はい……そこに書いてある通りに、涼風さんに……それに……攻めは年下って設定が好きで…… その、コスプレというのが好きで……」 「はぅっ!?」 「快楽に溺れるみたいなページのところが特に 読み返してあって……ぁ、でも、露出って…… 危ないから絶対にしないで……」 「~~~~っ!!」 穴があったら入りたい。いや、穴じゃなくて、 毛布の中に潜って一生出たくない。全身から湯気が出そう―― 「……だから知識としては、知っているだけで」 羞恥で胸がいっぱいになったその瞬間、月見くんの腕がそっと僕の腰を抱く。背中には、ぴたりと寄り添ってくれる胸の温もりが伝わって 「その……俺の、初めては、キスも……さっきの ことも、全部涼風さんが、初めてです……」  嬉しいのか、恥ずかしいのか、胸の奥がぐちゃぐちゃになる。  だけど、一つだけはっきりしているのは―― 僕は今、とても幸せだということ…… 「それに……どんな趣味でも、俺が涼風さんを 好きなことは、変わりませんから、ね。」 うん、凄い恥ずかしいけど。

ともだちにシェアしよう!