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第四十九話
夜、日本、某地の高級料亭。
外は人影ひとつ見えない静けさだが、建物の
周囲には黒服の警護が何重にも立ち、裏口には
防弾仕様の黒塗りリムジンがずらりと並んでいた。
中では別世界が広がっている。
金箔の障子、桧の香り、天井にかかる巨大な
水晶の灯。そこに集まった八人の男は、全員が
国を喰い尽くす病巣だった。
彼らは国民を票と税金だけの存在と見なし、
自らを神か王のように信じて疑わない。
消費税をさらに上げて弱者から搾り取る下衆な話、社会保険料を倍増させて年金受給を遠のか
せる算段、企業と癒着して労働者を奴隷化する制度改正、法人税を限りなくゼロに近づける密約…。
「馬鹿な国民家畜がぁ、苦しめば苦しむほどぉ、ワシらの懐はぁ、温まるぅ♪なんてなガハハハハ……」
「ええ、ええ、まさにその通りで……奴らは黙って働く金のなる木ですよ……クフフ……」
「……もっと絞め上げれば、面白いでしょうなぁ、這いつくばって生きてる連中に人権なんて贅沢な言葉ですよ。」
嘲るような笑いと、脂ぎった指でグラスを弄ぶ音が交錯する。
酒と高級料理の匂いに混じって、金と血と腐敗の臭いが漂っていた。
それは人間の皮を被った獣どもの宴だった。
――そして。
空気が、裂けた。
最初の悲鳴は、一人の首が音もなく床に転がったときに上がった。鮮血が畳に花のように散り、湯気を立てる。誰も何が起きたのかわからないまま、次の瞬間、二人目の首が斜めに落ち、三人目の胸から血飛沫が噴き上がった。
残った者たちは立ち上がり、悲鳴を上げ、障子の方へ駆ける。
「おいッッ!!どうなってるッ!!?警護はッ!!??」
だが外の警護は一人も応答しない。
そして、静かに、“彼”が現れた。
月見 凛。
身につけた黒ずくめの特殊軽量装甲服、その
鋭い威圧感が、猫っ毛の髪の、彼の可愛らしさを一層引き立てている。
両手首には漆黒の金属で製造された特殊兵装――極細のワイヤーを射出し、対象の骨すら容易く
断つ《レヴェナント》。
赤い瞳は夜の炎のように妖しく、口元には
場違いなほど優しい微笑みがあった。
「やぁ……みんな楽しそうだね♪でもね、君たちが生きていると、この国、もう終わりらしいよ♪」
その声は、甘い飴を舐めるような軽さで、
しかし死刑宣告のように冷たかった。
残ったうちの一人の政治家が震え声で叫ぶ。
「け、警護はどうした!」
凛は小首を傾げて、にこり。
「もう全員、おやすみしてるよ。……あ、永久にね♪」
「ちょ……ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいいいいぃぃぃッッ!!!」
椅子を蹴って立ち上がり、他の政治家を出し抜いて前に出た男は、凛の前に正座し必死に
笑顔を作る。
「か、か、か、金ならいくらでも用意しますのでッッ!欲しいだけッ!ね、ね、ね、だから、どうか、命だけはッ!!!」
慣れた様な土下座で、男が頭を下げた。
「ひっっ!!!??」
頭をあげると、周りに残っていた政治家達の頭は、この男を残して全て畳の上に落ちていた。
「ふふっ……君たちみたいな人って、だいたい
そういうこと言うの、お決まりだよね♪」
男は喚く。「わ、私たちが死んだら大変なことになりますッ!かち……ッ……国民の豊かな生活が立ち行かなくなりますよッ!!!」
「だいじょーぶぃ♪君たちのクローンはもう全部精製出来てるし、ちゃんとまともな脳みそに調整してあるから。少なくとも、今よりはずーっと
マシな社会になるよ♪」
天使のような笑顔のまま、凛の両手首から銀糸が閃き、次の瞬間、畳の上に男の首も静かに加わった。
凛はポケットから携帯端末を取り出し、淡々と報告を入れる。
「はい、完了。……うん、クローンの入れ替えお願い。それといつも通りの掃除を……うん、多分全部処分したから、完全清掃した方が早いと思うよ……うん、それじゃね♪」
通話を切り、ひとつ伸びをして息をつく。
「もぉ〜、こんな雑用のせいで、愁くんに、
ちょっとしか会えなかったじゃん……このクズ共のせいで……」
転がったばかりの政治家の頭を蹴っ飛ばす凛。しかし、次の瞬間には頬を染め、嬉しそうに笑った。
「でも、これでやっと……♡」
凛は血の匂いを纏いながら、軽い足取りで
夜の料亭を後にした。
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