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第五十六話

 ……ふわぁ……。  なんだろ、ふと目が覚めたら、まだお日様も顔を出してない。部屋はうす暗くて、カーテンの 隙間からほんのり夜の青が覗いてる。  パイプベッドの上で、僕はタオルケットにくるまって――素っ裸のまま……。  昨日……また、あんなに、愛し合っちゃったんだよね、僕たち。  その事実を思い出した瞬間、頬が熱くなる。 なんでだろ……恥ずかしいのに、胸の奥がふわっとあたたかくて、幸せいっぱいで。 「……はぅ?」  なんか……身体、軽い。腰大丈夫かなって思ったけど……ていうか、ちょっと……細くなって 傷痕薄くなった? いやいや、気のせい……お尻は…… むにっ……  て触ったら今まで通りだった……というか、 これは愁くんのせいじゃないかな……?あんなに念入りに揉むから……どんだけ僕のお尻好きなんだ――とか思っちゃって、ふふっ♪って、一人で笑ってたら―― 「起きてました……?」  ふとやさしい声がして横を見たら、愁くんが ベッドの横にちょこんとしゃがんで、僕を見上げてた。可愛い。  もう仕事着に着替えて、僕の買ってあげた猫のイラスト入りエプロンまで着けちゃって。 なんかこう……可愛い主夫みたい。  ここに住ませてもらってから、ずっと毎朝こうやって起こしに来てくれるんだ。 「おはよう……愁くん……」 「おはようございます、葵さん」  ふとベッドの足元を見ると、僕の着替えまで ちゃんと置いてあって。 「着てくださいね……それと、朝ごはん出来てますよ」  ……あぁ、もう……好き。  僕の食生活の乱れを気にしてくれて…… 甘いお菓子ばっか食べてたら「心配になっちゃいます……ご飯作らせてください」なんて言ってくれた日を思い出す。  愁くん、あんなに料理本買い込んで真剣に読んで……それが全部僕のためだったなんて……。 ああ、やっぱり好き……(本日二度目)。  部屋着に着替えて顔を洗い、ダイニングに座って手を合わせる。 「いただきます♪」  愁くんのご飯は、しっかり和食。白いご飯に、ワカメのお味噌汁、焼き鮭、ひじきと大豆の煮物に、お漬物……それにデザートは甘い果物。  お味噌汁を一口飲んで、にこっと笑って言う。 「今日も美味しい♪」  すると横で見守っていた愁くんが、ぱぁっと顔を輝かせて手を合わせる。 「良かったぁ……」  可愛すぎて、お嫁さんにしたい……いや、お婿さん……いや、両方……? 「? どうかしました……?」 「んん……なんでもないよ……ふふ♪ とっても 美味しい♪」 「ふふ……やった……♪」  また微笑んでくれる。……あぁ、夜はあんなに悪魔なのに……♡   朝の支度も終わって、僕たちは愛車に乗り込んで、「日向」へ向かう。助手席にはもちろん 愁くん。  峠道を走りながら、一緒に観た映画やアニメの話で盛り上がる。 「愁くんはダイ・○ード、どれが好き?僕は 三作目なんだけど」 「三作目も好きですけど、二作目です。 とっても面白いですし、前に似たようなことしたので、懐かしいです……ふふ♪」 「そっか……うふふ♪」  ……ん? 今さらっと、危ないこと言ったよね? でもあんまり深掘りしないことにした。  「日向」に着いたら、始発のバスで到着して並んでるお客さん達が、もう入口前に並んでて、 愁くんはにこやかに挨拶してキャーキャー言われてた。  開店の準備も終わって、あと10分で開店―― 僕は、愁くんの腕の中。 「今日もモテモテだね、愁くん……」 「そんなこと……」 「あるよ。僕の恋人は可愛いから……妬けちゃうな……」  ぷくっと頬を膨らませてみせる。……演技半分、本音半分。 「その顔……ずるいです……。綺麗なのに、なんか……ちょっと、可愛すぎて……どうしたらいいか……わかんなくなります……」 「はぅ……♡」  腕にぎゅっと力がこもって、胸がぽかぽかしてくる。 「嬉しぃ……だったら、今日もいっぱい頑張るから……」  唇をちょっと尖らせて目を閉じると――  ちゅ。  甘いキスが降ってきた。胸がほわほわして、幸せが、じわぁっと広がる。 「ふ……ぁ……♡」 「一緒に頑張りましょうね……葵さん」 「うん……♡」  ……ここまでは、最高に幸せだったけど――。 それは、本当に突然だった。 愁くんが「OPEN」の札をドアに掛けに行った、その瞬間。 「愁くーーーんッ!♡」 鈴を転がすみたいな声と一緒に、昨日見かけた“凛”という少年が、まるで恋人に飛びつく みたいに愁くんの胸へ――ドンッと飛び込んだ。 「っ…凛、何して――」 「愁くん寂しかった? 寂しかったでしょ、寂しかったよね? でも大丈夫! 僕も今日からここで一緒に働いてあげるからね!♡」 その口調がもう、完全に“彼女”ポジション。 ……いや、彼女でもあんなに密着しないと思う。  僕はカウンターの奥で固まってた。 だって僕と愁くんと、ほとんど同じ服装―― 白シャツに黒のベスト、スラックスまでそっくり。 違うのはネクタイが可愛いリボンタイになってるくらいで……しかもシャツの胸元は開き気味、 柔らかそうな鎖骨が丸見え。  愁くんは両肩を掴まれて後ろに引こうとしてるけど、凛くんはぴったりと腰を密着させて、 腕を首に絡ませて離さない。 その距離感、いやらしいっていうか―― そこは僕の特等席なんだけど。 ――と思った瞬間。  ガチャッとドアが開いて、お客さんたちが入ってきた。 常連さんや観光客の女性たちが、一斉に視線を 愁くんと、それに凛くんにも注ぐ。  その場が、空気ごと「可愛い……!」で埋まった。 「えっ…あの子、新人くん?」 「愁くんの弟?……じゃないよね?」 「えー!どっちもタイプなんだけど!!」 カウンター近くの席で、数人が口を押えて小声で騒ぎ、奥のテーブルからは「きゃー!」って悲鳴みたいな声が上がる。 中にはスマホを構えそうになって、他のお客さんに止められてる人までいた。  愁くんはそんな視線を気にしてか、僕に目配せしてきた。 「どうします?」って顔。 ……もう、この状況じゃ頷くしかないじゃない。 「じゃあ、やる事教えて愁ちゃん♡」  凛くんは甘えた声でそう言いながら、愁くんのネクタイを指でくるくる弄びはじめる。 シャツの襟元に顔を寄せて、鼻先でスッと匂いを嗅いでるみたいで……その様子が、見てる僕まで妙に息苦しくなるくらい色っぽかった。 ――なんだあの子。昨日から、突然現れて…… 僕の愁くんを…… 胸の奥で昨日と同じ、聞き慣れない音が鳴った。

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