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第五十七話
「やる事教えて、愁ちゃん♡」
猫っ毛の凛くんに愁くんはまず、「はしたない」って言って、首元のボタンをひとつひとつ閉じていく。
……その指先が妙に丁寧で、最後にリボンタイをキュッと締めてあげた時の距離感、ゼロ。
「そうだね♡愁ちゃんも、他の人に僕の肌見せるの、やだもんね♡」
周りの女性客は「キャーーーッ!」「やだ、愁くん彼氏感…!」とか、悲鳴みたいな歓声あげちゃってるし。僕の耳はデ○デビル並に性能が上がってるのかそんな歓声を掻き分けて二人の声が聞こえてくる。
客席の方から香水とコーヒーの匂いが混ざった熱気もムンムンと伝わってくる。
そして何がムカつくって、凛くん、やけに覚えが良くて、広い客室をスッ、スッて移動しては注文を取って……その度に愁くんと目が合ってニコッて。
お客さん達、完全に双子の天使ショーを見てる顔してる。
「葵ちゃん、注文お願いねー♪」
――ちゃん!?
いや、落ち着け僕。深呼吸、深呼吸。
……うん、今日だけはいい。もともと採用なんてしてないんだ、今日という日が終わったら丁重にバイト代払って、その笑顔ごとクビに――
そして待ちにまった営業終了後。
売上を計算したら、びっくりするくらいすごかった。そりゃそうか……あんな絵面で接客されたらコーヒーもケーキもサンドイッチも追加するに決まってる。お客さん達、帰る時の顔がまるで恋に落ちた人みたいだった。
「疲れたねぇ、愁くん♡」
「凛、ひっついてないで、片付けしないと」
「ぷぅ……なんか愁ちゃん変わったね。前は
もっと冷たくてクールだったのに……でも今の
優しい感じも、グッとくる♡」
――包丁、今日も切れ味抜群。野菜がスパスパ落ちていく。……こっちに来ないかな?来たら……
うっかり手元が滑っちゃうかも、幸い山だしね、ここ。
「ねぇ愁くん、片付け終わったぁ……疲れたぁ……」
「はいはい、よく頑張ったね、凛」
「うん、頑張ったから……よしよしって、
ぎゅうって、抱っこしてよ♡ 前みたいにさ」
……前みたいに……?前って、なに……?
僕の胸の奥で、プツンと何かが切れた。
「はッ!?前みたいってなにっ!?
なんでそんな感じなの、君達は兄弟みたいなもんなんでしょッ!?」
今まで生きてきた中で初めてキレた。気づけば
厨房から飛び出してて、愁くんの腕に抱きついてた。
「ぁ、葵さん?」
「ちょっと離れてよ!愁くんが困ってるでしょッ!!」
「えー?困ってないでしょ。ていうか葵ちゃんがなんでキレて口出してくんの?意味わかんないんだけど?」
あー、もうダメだ。言う。言ってやる。
「意味わかんなくないよッ!!愁くんは、僕の……彼氏!彼氏なの!!だから、君がベタベタくっつくの、許せないのッ!!」
言い切った。その瞬間、空気がピタリと止まった。凛くんは一拍置いてから――
「……は?」
赤い瞳がギラッと光った気がして、背中にゾワッと冷たいものが走った。
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