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第五十九話

 ボクは、夢を見てた――  あれは、ボクと愁ちゃんのことだ。 ボクらが、生まれてから、ずっと育ててくれた 施設を、ある日、「誰か」が壊した。 その「誰か」は、ボクらを連れ去って……他の子たちもバラバラに散らされちゃった。 帰る場所なんて、もうないから――あとは、 「誰か」の命令に従うしかなかった。  命令はね、すごく簡単だった。 「邪魔な奴を消せ」 ……たったそれだけ。ボクにも、愁ちゃんにも、それはそんなに難しいことじゃなかった。  でもね……命令をこなしても、ボクらはずっと 気味悪がられてた。赤い瞳で、身体もふつうの 子達とは比べものにならないくらい強くて、人を殺めるのに、なんの抵抗もなかったから…… いつも、首には爆弾付きの首輪が巻かれてた。  待機のときは、狭い部屋に閉じ込められて、 ボロみたいな服を着せられて、お風呂もなし。 ご飯だって、ほんのちょっと。  一緒にいた何人かは、命令に失敗して殺されたり……食べ物を奪い合って、怪我して死んだり……空腹で力尽きたり……。 ボクはその中でも一番ちびで、弱くて……すぐにご飯を奪われた。皆、自分が生きるので精一杯なんだ。今でもあれはしょうがないって思う。 それに、奪い返す力なんてなくて……ただ、 あきらめるしかなかったし―― でも……愁ちゃんだけは、他の子と違った。 「凛……俺の、食べていいよ」 そう言って、無表情のまま、小さな手で持った パンを、ボクに差し出してくれた。 「でも……愁のは……?」 「お腹、すいてないから……」 嘘だってわかってた。だって愁ちゃんだって、 ほとんど食べてなかったもん。 「気にしないで、食べて……」 そう言って、少しだけ目を細めて…… ボクは泣きながらそれを食べた。  別に、美味しいわけじゃなかった。お腹がいっぱいになったわけでもない。 でも……誰かに優しくされたのなんて、もう ずっと昔のことみたいで。その温かさが、 たまらなく嬉しかった。 泣きすぎて、息が詰まって……その声がうるさいって、誰かが部屋に入ってきた。 ボクに手を伸ばそうとした、その瞬間―― ボクに乱暴しようとしたその手を、愁ちゃんは――小さな腕で抱きしめるみたいに、必死に庇ってくれた。 ……あの日から、ボクにとって愁ちゃんは、絵本で一度だけ見たことのある「おとぎ話の王子様」だった。  血の匂いがする世界の中で、唯一、白い光みたいに見えた。

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