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第六十話
……あれ……ボク……寝てた……?
頭が、ちょっとズキズキする。
……あ、そっか……。泣いちゃったんだ、ボク。
しかも泣きつかれて、そのまま寝落ちとか……
恥ずかしっ。
思い出すと余計に顔が熱くなる。
だって、愁ちゃんが他の人と付き合ってるって
聞いて――もうプッツンしちゃって――
……大人気なかった、ボク。
見渡すと、ボクが寝てたソファと、低い空っぽの本棚だけのこの部屋……ここは、どこだろ?
……なんて考えてたら、唯一の扉がギィって
開いた。
「凛、起きた?」
顔を覗かせたのは――やっぱり愁ちゃん。
「……愁ちゃん、ここは?」
「ここは休憩室だよ、『日向』の。ほら、これで顔拭いて」
タオル……あったかい……
恥ずかしくて、思わず俯く。愁ちゃんの前で
泣いたのなんて、あの日以来だもん。覚えてるのかな……。
「もう……甘えん坊……」
愁ちゃんはそう言って、ふわっと優しくボクの
顔を拭いてくれた。
「ん……自分で、できるよ……」
「そんなこと言わないの。久しぶりに会えたんだから、お兄ちゃんらしいことさせてよ」
……お兄ちゃんらしい……か……。
拭き終わると、愁ちゃんはふっと笑って、
「うん、可愛くなった♪」
なんて言うもんだから……余計顔が熱くなるじゃん!
昔は優しくても、過保護でも、こんな笑顔見せてくれなかったのに……やっぱり、葵ちゃんの
影響……?
そう思った瞬間、胸がチクリとして、また涙が
滲んでくる。
「っ……ぐすっ……」
「あぁ……ほら、また泣いちゃった。せっかく
きれいになったのに……もう、こっちおいで」
愁ちゃんは、そっとボクを抱き寄せた。
……あの時と同じ抱きしめ方だ。
「凛をこうやって抱っこするの、久しぶりだね。あの日も泣いてた」
「ふぇ……お、覚えてるの?」
「当たり前。忘れないよ。……あの日からずっと、凛のこと大切な弟だと思ってる」
そう言ってちょっとだけ目を逸らす愁ちゃん。……頬が赤い。
そんなの、嬉しいに決まってるじゃん……胸が
ぽかぽかして、ボク……また涙が……。
「ぅ……愁ちゃん……ごめん、なさい……ボク……
ずっと、あの日から愁ちゃんのこと、ずっと、
大好きだったから……」
「……ありがと、凛」
それ以上何も言わず、ただボクの髪をよしよししてくれる。
その安心感に、涙が止まりそうになかった。
――と、そこで。
「……コホン。そろそろ終わった?」
え!?
葵ちゃん!?
パッと愁ちゃんから飛び退く。見ると、葵ちゃんが扉の横で腕を組んで立っていた。
「あ、あう……み、見ないでよ……もーッ!」
「な……別に、見たくて見てたわけじゃないよ……これ置いてくから、勝手に食べてよ」
コトン、と本棚の上に置かれたトレイ。
上にはオレンジジュースと、ふわふわ玉子の
サンドイッチ。
……あっ、これ、今日お客さんが食べてたやつだ。いいなーって思ってたやつ!
「葵さんも、凛のこと心配してたみたいだよ」
「ふぇ……そ、そうなの?」
「うん。言ったろ?葵さん、とってもやさしい人なんだ」
「ふ、ふん……そんなのわかんないじゃん……
カラシとか入ってるかも……」
言いかけたその瞬間――ぐぅぅぅ……
……やっば、完璧なタイミングでお腹が鳴った。
そういえば、今日ほとんど何も食べてなかったんだった。
「ふふ♪ お腹空いてるでしょ?今日はいっぱい頑張ったから。……大丈夫、美味しいのしか入ってないから、安心して食べて」
また……あの時と同じ言葉。
思わず胸がきゅってなる。
「しょ、しょうがないな……食べ物は、粗末に
できないし……い、ただきます」
一口かじる――
「ん……ッ」
パンはほんのり甘くて、玉子はふわふわで、
バターの香りが口いっぱいに広がって……
やさしくて、悔しいけど今まで食べた中で、一番美味しいサンドイッチだった。
あっという間に一切れなくなってしまって、ボクながらびっくり。
「慌てなくても誰も取らないから、ゆっくり食べて。それと、あとで葵さんに謝ろう」
「な、なんで……?」
「色々と酷いこと言ってしまっただろ?俺も
一緒に謝るから、ね?」
愁ちゃんはボクの目線より低い位置から、ちょっとだけ首を傾けて見上げてくる。そんなやさしい声で言われたら、断れるわけないじゃん。
「……わ、わかった。謝る……」
「そっか♪」
にこって笑う愁ちゃん。
……恋人がいるくせに、そんなやさしい顔するんだもん。こんなの見せられたら、ボク……
諦められるわけないじゃん……。
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