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第六十六話
閉店間際の厨房。オーダーストップしてからも厨房は戦場で、まだお皿の山がドドーンと積まれてて、僕と凛くんでせっせこ洗ってた。
カチャカチャ……ザバーッ……って、まさに戦場みたいな音。
そんな時だった。
「ね……葵ちゃん……ちょっとだけ、教えてもらっていい……?」
――突然、小声で言われたもんだから、僕はスポンジ持ったまま固まっちゃった。
「ど、どうしたの急に……?」
横を向けば、凛くんがもじもじ。なんかこう、
足元にまとわりついてくる猫が「にゃあ……」って鳴いてる時の雰囲気。反則級にかわいい。
でも、二人きりの時にわざわざ切り出すってことは……
「……もしかして、愁くんには内緒?」
そう言ったら、凛くんは小さくコクリ。
「ボク……葵ちゃんが好きだよ……」
「へあっ!?」
思わず変な声出た。いや、待って……僕!?
対象そこ!?
いやいやいやいや……嬉しいけど……僕には大好きな愁くんがいるんだよ?
「あはは……その気持ちはありがたいけど、僕には――」
「ち、ちがうのっ!そういう“好き”じゃなくて!
お兄ちゃんとか……友達とか……そういうのっ」
「……あ、あぁ……そ、そういう……」
なんだ……そうか……。
……って、ちょっと残念て思っちゃったのは何で?……でも、なんか同時に胸があったかくなる。
だって僕、友達なんて言われたの、ほぼ初めてだし。
「でもね……それで、困ってるんだ」
凛くんは泡だらけの手を胸の前でぎゅっと握りしめる。
「ボク、葵ちゃんのこと好きだし……でも愁ちゃんのことも諦められない……だって子供の頃
から、愁ちゃんはボクの王子様なんだもん……」
……王子様。
愁くん、そんなに小さい頃から人の心さらってたのか……恐ろしい子……。
「だけど、葵ちゃんとも、一緒に映画観たりご飯食べたりしたの楽しくて……大切な……友達だと思ってるから……」
友達。
……ああ、なんか泣きそう。胸の奥がちくんってして、でもあったかくて。
「ねぇ、葵ちゃん……どうしたらいいと思う?」
「えっ!?ど、どうしたらって……そんなの……」
難易度ハードモードすぎる質問を投げられて、僕の脳みそは今フル回転。
漫画だったらここで友情がバラバラに砕け散る
シーンだけど……現実の僕は、凛くんのこと、
弟みたいで、かわいいと思ってて。だから、壊したくない。
「ボク……どうしたらいい……?」
……あぁもう。そんな上目遣い、反則だって。
猫ちゃんどころか虎の子猫バージョンだよ。
心臓がバクバクする。
「わ、わかんないよ……僕だって経験ないし……」
声がどんどん小さくなっていく。
「そ、そうだよね……こんなの普通ないよね……
葵ちゃんに嫌われても仕方ないし……」
あぅ……凛くんの肩がしゅんって下がってく……
いや、それはだめだ、お兄ちゃん的立場のキャラを全力で思い出すんだ僕……
「そ、そんなことないよ、僕、凛くんを嫌いになるなんて絶対ない……だって、僕は凛くんのお兄ちゃんで、友達なんだから……でしょ?」
僕は泡だらけの手で凛くんの肩を掴んで、言い切った。
瞬間、パァッと咲いたみたいに、凛くんが笑った。
「ありがと、葵ちゃん♪」
猫がご機嫌でゴロゴロ鳴いてる時の顔。
ずるい。
「それじゃ、客室手伝ってくるね!」
言って、右肩に泡をつけたまま、ピョンっと厨房を飛び出していった。
……で、僕は。
どうしたらいいんだろうね、ほんとに。
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