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第六十七話

 ……凛くんに相談された日から、正直ずっと 頭の隅っこで悩んでる。 答えは見つからないまま、買い出し中の今、 愁くんと並んでカート押してる現在も、心は迷路のまんま。 「……葵さん。どうかしました?」 「へっ!? な、なんでもないよっ!」 愁くん……いっつも僕のこと見てるから……直ぐに僕の心を理解しちゃうから、油断ならないんだ。 好き。 「あっ……!少し休憩しませんか?」 「んー……」 「実はこの近くに、美味しいチョコレートスイーツを食べさせてくれるお店、出来たみたいなん ですよ」 チョコ……? その一言で、僕の心の中の猫耳(イメージ)が ぴんっと立った。 「ふふ……♪どうします?」 微笑んでる愁くんの顔は、なんかもう、答えを 全部知ってる魔法使いみたい……ずるい。 もう、好き。 「そ、それは気になるね。ちょっと偵察……いや偵察って言うより……誘惑に負けたって感じで 行ってみよっか♪」 だってチョコだよ? 甘くて蕩けて、人の理性をぺろりと溶かす罪の味。行かない理由、どこにあるのさ! はぁぁぁぁぁあああ……ぅぅぅぅ………♡ 「甘ぃぃぇぇ♡」  目の前のテーブルに並んだのは、しっとり濃厚なチョコケーキ、それにマカダミアとキャラメルを挟んだチョコサンド、キラキラ冷たいチョコドリンク。  鼻から抜ける甘い香りに、舌に広がるビターと甘みの絶妙なダンス……もう、これは恋。恋の味。 「美味しいですか?」 カウンター席の横から、やさしい声。赤い瞳。 甘いチョコレートより、こっちのほうが危険かもしれない……。好き。 「もぉ……最高……♡」 愁くんは相変わらず、店員さんや、通りすがりの女性客の視線をさらっていく。けど、それすら 今はどうでもいい。だって愁くんのその瞳は―― 僕だけを映してるから。 「それで……何を悩んでるんです?」 「むぐッ!?」  ケーキを頬張ったタイミングで、心を見透かすみたいに核心を突いてくる。 ずるい。そういうとこ、ほんとずるい。 慌ててごまかそうと目を逸らしたら、愁くんが ちょっと身を寄せてきて―― 距離近くって、周囲の女性客の 「キャーーッ!」って声が追撃してきて、 「はぅ……愁くん……んー……」 もしかしてキスされる……?って、僕の心臓が ドラムみたいに暴れだす。 勇気を出して、きゅって目を閉じた、その瞬間。 「ん……?」 頬に触れるのは、柔らかい唇じゃなくて―― 紙ナプキン。 「お口の周り、チョコでいっぱいですよ」 「はぅ……ぁ、ありがと……」 もう、子供扱いされてるみたいで恥ずかしいのに、優しさが胸の奥まで溶かしていく。好き。  これ、ほんとにただ拭かれてるだけなのに、 なんでこんなにドキドキしてるんだろう。 ……ねえ、愁くん、気づいてないでしょ? これ完全に公開プレイみたいなんだからね…… 本当、大好き。 「ぁ……さっきの質問だけど」 勇気を振り絞って声を出すと、愁くんは相変わらず落ち着いた笑顔で。 「話しづらいこと、ですか?」 「はぅ……うん、ちょっと……」 「だったら、葵さんが話せるようになってからでいいですよ」 「うん……ありがと」 「でも、なにか困ったら教えてください、ね」  ……やっぱり、ずるい。 そうやって優しくされると、つい甘えたくなってしまう。  帰りに販売コーナーを覗いたら、目に入る お土産用チョコがどれもこれもキラキラ輝いて 見えた。 「ぁ……これ、美味しそう……」 気になるのを、ぽいぽいカゴに入れていく。 夜、3人で食べるために。 ――今夜。 この甘いチョコを一緒に食べながらなら、きっと少しは勇気が出せる、かもしれない。  ほろ苦くて、でもやさしくて、心を蕩かす味に 背中を押されて……みたいな、みんなが笑える 答え、見つけられる、そんな気がする。

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