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第七十八話
早朝の峠はいつも通り静かで、僕の愛車は
スルスルと「日向」を目指して登ってく。
助手席の愁くんが、ふと真剣な顔で僕の方を見て
「……あの、ちょっと相談があるんですけど……」
僕はハンドル握ったまま、にこっと笑う。
「ん?どうしたの?」
愁くん、小さく息を整えて、照れくさそうに言う。
「えっと、今、葵さんと一緒に寝ているじゃないですか」
「うん……愁くんの腕の中……あったかくて、気持ちいいよ……ふふ♡」
思わず甘ったるく返す僕に、愁くんの頬が少し赤くなる。
「そう思ってくれるの、俺も嬉しいですけど……」
小さな声で続ける。
「でも、凛がちょっと寂しいって……」
「なるほど……」
……あぁ、確かに。僕、つい愁くんと二人の時間に夢中になっちゃってたな。
「だから……もし良ければ、寝る時、凛も一緒にと思って……いいですか……?」
愁くん、少し緊張して手をキュって握る。可愛いなぁ……♡
僕、反対にハンドルを握る手がふにゃっと緩む。
「いいよ……♪」
胸の奥がじんわり温かくなる。
だって、愁くんも凛くんも……可愛いんだから。
そう思ったらスッ、て。
自分でもびっくりするくらい自然に答えが出ちゃった。
いつもの僕なら「いやいや、愁くんと2人っきりでラブラブで寝たいのに!」って、全力で独占欲丸出しになってたと思うんだけど……。
でも今は、むしろ凛くんがひとりで布団に転がってる姿を想像すると、なんか胸がチクンってする。
だって凛くんは、僕と同じ人を好きになって、
同じ人の恋人になって――それに……年齢は
ちょーっと違うけど、友達なんだもん。
「わぁ……ありがとうございます♪きっと凛も、すごく喜びますよ……ふふっ♪」
それに愁くんにそんな天使みたいな笑顔見せられたら、もう僕、何も断れないんだよ……!
て、いうか今の笑顔、罪深すぎるから!!
今日のキス、絶対濃厚にしてやるんだから……♡
「葵さん?」
「ぁ……あぁ、じゃあ、ベッド買わなきゃね。
さすがにシングルに3人は無理でしょ?」
「……そう、ですよね。それに凛、すごく寝相悪いですから……」
ぷっ。想像しちゃった。
バッタンバッタン寝返りうって、結局広いベッドは凛くんに独占される、とかね……。
……いやいや、それはそれで可愛いけど!
でも確かにネットでベッド買うのはちょっと
寝心地とか分かんないし、明日は買い出しで、
ゆっくり選べなさそう……。
明後日は完全オフ……予定も特にナシ……。
「愁くん、明後日ベッド見に行かない?」
「いいんですか?せっかくのお休みなのに……。もし用事があるなら、俺1人でも大丈夫ですけど」
「だめ!僕と一緒に行くの!」
だって、愁くんを1人で歩かせたら、どんな誘惑されるか……まぁ……愁くんは、僕のこと大好きだから……大丈夫とは思うんだけど……って――
そういえば――買い出しに一緒に行ったりして、
お昼とか一緒に食べたりはしてるけど、あれは
半分お仕事で……付き合ってから一度もデート
なんてしてない……
よく考えたら「デート」って言えるもの、今までなかったんだ……。
「……だったら、デートですね……嬉しいです……
ふふッ♪」
「っ……!!!」
愁くんがふわりと微笑んで、甘い声色でそう言った瞬間。
僕のハンドル握る手が、思わずツルッと滑った。
あ、あぶな……!
でも心臓はもっと危ない……バクンッて跳ね上がった。
――デート。
――愁くんとの初デート……♡
あぁ、僕、今からずーっと幸せで死にそう……。
そうして「日向」に着いて朝の準備を終わらせた僕らの厨房でのキスは、普段よりさらに濃い、長めのキスが何度も繰り広げられたのは言うまでもない……よね♡
***
そしてデート当日の朝、愁くんは
「少し用事が出来まして……」なんて言って、
まだ眠たい空気の中を先に出かけてった。
僕はというと、残された凛くんと一緒に、
愁くんが作ってくれた朝ごはんをもぐもぐ……。
「ぷーーっ……いいなぁ、葵ちゃんばっかり。愁ちゃんとデート……。ボクだって学祭の準備さえなきゃ、学校サボって一緒に行けたのに……」
口をぷくっと膨らませる凛くん……あぁもう、
ホント猫みたい、可愛すぎる。
思わず笑っちゃって、「ふふ♪いいじゃない。
モール行くだけだし、それに夕方には3人で
晩ごはんだよ?ほら、3人デート♪」って言ったら、パッとお花が咲いたみたいな笑顔。
「そっかぁ!じゃあ急いで準備終わらせなきゃね♪」
もう、気分がコロコロ変わって……ずるい、
可愛い。
そして凛くん、ぱくぱく食べ終わると椅子から
立ち上がって、今度は、なんだか落ち着かない
様子でモジモジ……。
「……ぁ、と、その……」
「うん?」
「葵ちゃん……ありがと……。ボクのわがまま、
聞いてくれて……」
「えっ……あ、ううん……どういたしまして」
「えへっ♪……じゃ、行ってくるね!」
パタパタパタッて元気に駆け出していった凛くんの背中を見送りながら、思わずため息がもれる。
はぁ……ほんと、可愛い子……
***
……さて。
僕はお皿を片付けてシャワーを浴びて、鏡の前に立った。
今日はいよいよ、愁くんと“デート”なんだよね。
――で。
問題は……服。
「うーん……」
クローゼットの扉を開けた瞬間から、眉間に
シワ。
同じYシャツとスラックスばっかり並んでて、
圧がすごい。
デートに仕事着って……いや、別に悪くはない
けど……ロマンチックさが足りない気がする……。
とりあえず一番奥から、あんまり着たことの
ない白いスキニーを引っ張り出してみる。
「……あ、意外と細っ!」
思わず変な声が出る。脚にぴったりで、
ちょっとドキドキ。これ、透けないよね?
大丈夫だよね!?
問題は上だ。シャツは……ええと……うわっ、
ほとんど部屋着に変身してる……ヨレヨレ……
シワシワ……。
……なんで僕の服ってこう……進化じゃなくて退化するの……?
しょうがないから、仕事用のYシャツを引っ張り出して、その上にカーディガンを羽織ることにした。
春秋用だから、ちょうどいいよね。
鏡の前でくるっと回ってみて、頬が熱くなる。
……あれっ、もしかして……意外とイケてる……?
いやいや、こんな日に“意外と”なんて言ってる
場合じゃないよ僕。
でも……うん。
愁くんに「似合う」って言ってもらえたら、
それだけで正解なんだ。
待ち合わせまで、もう時間がない。
胸の奥で、ドキドキがやけに大きく響く。
「よし……行こう!」
――恋人に会いに行く、ただそれだけなのに。
毎日ずっと一緒に居るのに、なんでこんなに足が浮ついてるんだろうね僕。
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