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第七十九話
コマンシャルモール。郊外の広い土地にどーんと建っていて、平日でもやたら人が多い。
開放感満点な吹き抜けの真ん中には、やけに
ファンシーな置き時計があって。ぬいぐるみ
みたいな装飾がされてて、子供より大人が
写真撮ってるくらい人気らしい。
僕はその時計の前で、愁くんを待っていた。
約束は10時。今は9時45分。ちょっと早すぎたかな……
人が多い。視線も多い。それに……あれ、
なんか皆、僕のこと見てない?
え、服変なのかな……淡い色のカーディガンに白いスキニー、そんなに浮いてる?
いや、Yシャツが仕事のやつだから浮いてるのかな……これでも頑張ってお洒落にしたつもりなのに……。
って、不安であたふたしていたら――
「……あの〜」
声をかけられた。
振り返ったら、愁くん……じゃない。知らない男の人だった。
「は、はぃ……なんですか?」
「いや、すげぇ美人だなと思ってさ!」
……うわ。苦手なタイプだ。
茶髪に無駄に光るアクセサリー、
香水ぷんぷん。目つきがチャラい。
にやにやしながら、上から下まで僕を値踏み
するみたいに見てきて……やめてほしい。
「それは……どうも……」
「あのさ、良かったら付き合わない?ほら、あっちにスタバあるし!」
「ぃ、いえ……今、人と待ち合わせしてて……」
僕は断ろうとするけど、男は犬みたいに
ぐいぐい寄ってきて、ぐるぐる僕の周りを回る。
「ちょっとお茶して、連絡先交換して、後日……とかさ!どう?」
「ど、どうって……絶対に嫌です」
「えぇ〜つれないなぁ!いいじゃん、ちょっとだけだから!連絡先だけでもさ!」
ぐいって、その手が伸びてきて――
パシッ……て。
男の腕は空中で止まった。いや、止められてた。
「……あっ、愁くん!」
振り返れば、そこには息を呑むほどきれいで、
優しく微笑んでいる愁くんがいた。
細い指が、男の手首を容赦なく掴んでる。
「お待たせしました、葵さん……少し迷ってしまって」
その声を聞いた瞬間、胸の中のざわざわが一気に消えていく。
「ううん……僕の方こそ、早く来すぎちゃって……それより……」
僕は慌てて愁くんの手元を指差した。
「その人……泡吹いてるから……そろそろ離してあげた方がいいよ……」
見ると、ナンパ男の顔は真っ青。腕からは「ミシミシ、ベキッ……」って嫌な音がしてる。
「……あ。すみません。つい……葵さんに触れそうになっていたので」
愁くんは眉をひそめつつも、ぱっと手を離す。男はピクピクして、へなへなと座り込んだ。
そして愁くんは、掴んでいた手をすぐに
ハンカチで丁寧に拭う。その仕草が妙に上品で……かっこよすぎて、僕は思わず見とれてしまった。
「大丈夫ですか?何か変なこと、されませんでした?」
「うん、大丈夫♪ 愁くんが来てくれたし、もう平気♪」
にこって答えると、彼は少し安心したように
微笑んだ。
「良かった……」
――やっぱり、愁くんと一緒だと安心する……
「では、行きましょうか」
「うん♪」
隣に並んで歩き出すと、周りのざわめきも気にならなくなって……そして
***
モールって……こんなに広いんだ。
歩くだけで楽しくて、なんだか小旅行に来た
みたい。
家具屋さんに行くのが目的なんだけど、色んな
お店の看板がキラキラしてて、もう目移りしちゃうな。
周りを見たら、僕らと同じ平日お休みの
カップルがちらほら。
そんな中に、僕と愁くんも“ひと組”として並んで歩いてるんだって思うと……嬉しぃ……♡
って思ってたら
「今日の葵さん、いつもより可愛いです」
あまりに自然に言うから、僕、足がもつれそうになっちゃった。
「はぅッ……そ、そう……?」
「いつも仕事だとモノトーンばっかりですけど、この淡いピンク……すごく似合ってますよ」
そう言われて、思わず胸の前でバッグをぎゅっと握っちゃう。
……OOにハマったあのとき、ティエ○アと同じ服着たくって……勇気をだして買った僕……過去の僕、ナイス……偉ぃ!
「はぅ……嬉しい……♡」
なんて浮かれてたら、急に愁くんが――
キュッて、僕の手を握った。
「ぁ……愁くん……?」
視線を逸らしながら、でも耳が赤くなってる。
「だって、心配なんですもん……いつもより可愛いから……」
んんんん~~~!!なに、その可愛い理由!?
君の方がよっぽど格好良くて可愛いのに……
僕も頬が熱くなって……そんな風に思ってくれるのが、嬉しくて……
だから、キュって手を握り返して小さく笑った。
「だいじょうぶ……僕は、君のだから……♡」
――ぴたっ……て。
愁くん、そこで急に立ち止まるから、僕も足が
止まっちゃった。
通路の真ん中で見つめ合っちゃう2人……。
「葵さん……」
「愁くん……」
やばい……なんか、空気が恋愛映画……
気づいたら顔が近づいてて……唇が――
「ちょっ……見て!!凄……大胆……」
「えッ!なにあれッ!?……尊すぎッ!!」
「ほ〜ら子供は、見ちゃダメ……」
……えぇぇぇぇ!?!?
一気に周囲の視線が集まって、頭のてっぺんから湯気出そうなくらい別の意味で顔が熱くなった。
「ぃ……行こっか!!」
「は、はい……!」
慌てて歩き出すけど、僕たちの手は――しっかり繋いだまま。
むしろさっきより強く握ってて……それがまた、胸の奥まで甘く痺れる。
***
そうこうしながら「火鳥」っていう家具屋さんに来たんだけど……
いや、なんか燃えそうな名前だよね。
家具屋なのに。燃えたら大惨事だよ。まぁ、いいけど。
僕と愁くんは、しっかり手を繋いだままベッド
売り場を歩いてた。
「わぁ……でっかいね」
「これなら、3人で寝ても大丈夫そうですね」
キングサイズのベッド……凛くんの部屋に入るかな、なんて考えながら、気づいたら色々なデザインに目移りして。
「葵さん、好きなのあります?」
「んー……あ、この収納つき便利そうだし……あ」
僕は何気なくマットレスに手をのせた。
ふよん……♡
やわらかくて、肌触りが最高に良くて……
気づいたら子供みたいにポスッて寝転んじゃった。もちろん愁くんの手を繋いだまま。
「もぅ、葵さんダメですよ、展示品なんですから」
「ちょっとくらい、いいじゃない……?体感しないとわかんないし」
「……それは、そうですけど」
愁くんも、手を繋いだままだからベッドの横に
腰掛けて……結局ふわふわを確かめてる。
「ほら、気持ちいいでしょ?」
「……確かに」
真面目に答える愁くん、ほんと可愛い。お店じゃ
テキパキ格好良くて、家ではママ味全開で、
こういう所で真面目になるの……愁くんって魅力いっぱいで、ズルいんだよね……。
……だからちょっと、いたずらしたくなっちゃう。
繋いでる手のひらに、中指のお腹でこしゅこしゅ……♡
ビクッて小さく震えるの、ちゃんと感じた。
「ふふ……寝心地いいね。これで寝たら最高だよ」
「そう、ですね……」
目を逸らして、耳がほんのり赤い。もうちょっと、いじめちゃおっかな……♡
「それに、こんなにふかふかなら……“あれ”の時も、気持ちいいかもねぇ……♡」
「っ……!あ、あれとか、言わないでください……」
困った顔しながら小声になる愁くん。真っ赤。
可愛い。
僕はわざと首をかしげる。
「え?寝返りのこと言ったんだけどなぁ……?
なんのこと考えちゃったの?」
「……いじわるです、葵さん……」
……もー、ほんと好き♡全部が可愛い。可愛い♡
可愛過ぎ……
「ぃ……?」
そう思ってたら、急に愁くんが僕の上に覆い被さってきた。
ベッドに両手をついて、壁ドン状態。
近い。赤い瞳が細められて、僕をじっと見てる。
「葵さん……」
頬に手を添えられて、すりすり……。
「ゃ……だ、だめ……お店だよ……他のお客さんに見られちゃ……」
「……さっきから、ずっとこうしたかったんです」
「ん……ぁ……」
そんなの、反則……。見つめられてるだけで、
胸が熱くなって、手で撫でられるだけで身体が
びくびく反応して……。
「ちょ、ちょっとだけ……だからね……」
ぎゅっと目を閉じて、唇を尖らせて待った、
その瞬間――
「はい。取れました♪」
「……は?」
唇が触れる前に、愁くんが顔を離した。
指先で摘まんで見せたのは、僕の髪から取った
小さな埃。
「葵さんの綺麗な髪に、ずっと乗ってたんですよ。取れて良かった……♪」
にぱっと笑う愁くん。
……僕の顔、一気に熱くなった。
「な、なにそれぇ……!絶対、してくれるって思ったのにぃ!」
「ふふふ……♪葵さん、何を期待してたんですか?」
にっこにこで笑われて、悔しいから繋いでない
方の手でぽかぽか叩いてやった。
「わっ、いた、痛いですっ」って言いながら
笑い続ける愁くん。
僕らの声が大きすぎて、店員さんに
「お静かにお願いします」って怒られた。
気づけば周りのお客さんまで見てて……もう、
凄く恥ずかしかった……。
で、結局、このマットレスとベッド本体を買うことにもなった。
……ほんと、大変だったけど。
でも楽しい。愁くんとだから、全部、全部楽しい♡
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