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第八十話
愁くんと一緒にモールをうろちょろしてたら――
……ぐぅぅぅ~~~~。
って僕のお腹が、見事に鳴った。
「はぅ……」
思わず声まで漏れてしまって、耳まで真っ赤に
なる。
そんな僕に、隣の愁くんはくすっと笑って、
「お昼にしましょうか♪」
なんて、あっさり言ってくれる。
うぅ……やさしさがお腹に響く……♡
そしてモールの3階の通路を歩けば、両脇に
ずら~~っと並ぶ食べ物屋さん。
フードコートの美味しそうな匂いがもう凄くて、鼻とお腹が完全に支配されちゃって……
「ねぇ!愁くん、なに食べたい? さっきのベッド代のお礼にならないけど、せめてお昼くらいは……」
慌てて言ったら、愁くん、ふっと首を振った。
「ベッドは凛のお願いを聞いてもらったお返しですし、今日は俺にご馳走させてください」
「え、でも悪いよ……そこまで――」
言いかけた瞬間。
……キュッ。
って繋いでた手を、愁くんがちょっと握り直してきた。なんか、やさしいんだけど、ちょっと力強く……
「だって今日はデートで、俺は葵さんの彼氏ですよ……」
少し照れたみたいに、でもまっすぐ僕を見て。
「ちょっとぐらい彼氏らしいこと、したいんです……」
「ッッ……」
もう……可愛いんだか、格好良いんだか分かんない……ズルい……ズルい……。
僕の心臓、こんなバクバクさせて……もう
まともに歩けなくなりそう……。
この場合彼氏がどっちとか、そういうのどうでもよくなる……とにかく――
こんな素敵な彼氏が横にいてくれることが、
嬉しくて……嬉しくて……
「じゃ、じゃあ……甘えちゃうよ……?」
やっとのことで絞り出した僕の声に、愁くんは
にこりと笑って。
「望むところです……♪」
も~~~ッ!! そんな笑顔見せられたら、
僕、完全に甘やかされる彼女側決定だよ!?
……で、結局2人で色んなお店を見て回って、
僕の心を撃ち抜いたのは――
待ち合わせ場所にあった置き時計の装飾に、
どことなく雰囲気が似てるパンケーキ屋さん
だった。
ショーケースの中、チョコチップとチョコレートソースがたっぷりかかったパンケーキセット。
……見た瞬間、もう僕のお腹が勝手に
「これだッ!」って叫んでた。
「愁くん、僕あれッ!」
指さした時の僕の声、完全に小学生並みに弾んでた気がする。
「はい。決まりですね♪」
愁くんは嬉しそうに頷いてくれて――
案内された小さめなテーブル席。
目の前に置かれたパンケーキセットは、
ショーケースの見本よりもずっと贅沢だった。
たっぷりのチョコチップと濃厚なソースから漂う甘い香りに、胸の奥までくすぐられちゃう……。
フォークとナイフを手に取って、思わず声が弾んだ。
「いっただきまーす♪」
ナイフでさくりと切り分け、ぱくりと頬張った瞬間――
ふわっふわの生地に甘いチョコがとろけて、
口いっぱいに広がって……思わずほわぁって声が漏れる。
「もぐ……ん、んんっ……美味ひぃ……♡」
甘さで落ちそうな頬を片手で押さえながら夢中で食べてたら、向かいの愁くんが自分のパンケーキにフォークを入れてた。
彼のお皿にはイチゴと生クリームがたっぷり。
赤と白が鮮やかで、見ているだけで胸が高鳴る。
「……ん。こっちも美味しい。甘酸っぱくて……♪」
そう小さく呟いて口に運ぶ仕草。
僕は……気づかないふりをしたけど、視線が勝手に追いかけてしまっていた。
そしてら愁くん、僕の気持ちを見透かしたように笑って、パンケーキを切り分けて――その上にイチゴと生クリームをこんもりとのせて、フォークを差し出してきた。
「どうぞ……葵さん、あーん……♪」
その言葉に心臓が飛び跳ねたぁ……。
ただでさえ周囲の視線を集める愁くんなのに……よりによって、こんな甘い恋人プレイなんて……。
恥ずかしくて視線を落としたけど、フォークに
揺れるイチゴと生クリームの誘惑と、愁くんの
柔らかい笑顔には……結局勝てなかったよ……。
「……ぁ、あーん……もぐっ……んん……♪」
噛んだ瞬間に、甘酸っぱいソースがじゅわっと
広がって、とろけるクリームと溶け合って……。
「ごきゅ……あぁ、美味しぃぃ……♡」
でも――何より美味しいのは、この一口を「愁くんがくれた」ってこと。
人生で初めての「あーん」が愁くんからだなんて……胸がいっぱいで、嬉しさで頭がふわふわになる。
「ふふ……良かったです……♪」
向かいから注がれる柔らかな眼差し。甘やかす
みたいに笑うその表情だけで、全身が熱くなった。
「はぅぅ……」
僕は思わず小さく声を漏らしてしまう。
そんな僕の口元に残っていたクリームを、愁くんが指先でそっと拭ってくれる。
「ほんと……可愛ぃ……♪」
「ぁ……ん……」
視線が絡んで、頬が燃えるみたいに熱くなる。
けれど……心の中は、真っ白なクリームと甘酸っぱいイチゴソースでいっぱいで――幸せで、溶けちゃいそう……♡
***
そうして美味しいパンケーキをたっくさん食べて……
それから本屋さんで新刊をチェックしたり、雑貨屋さんで愁くんとおそろいのマグカップを眺めたり。
ペットショップでは、猫さんを抱っこしてる
愁くんをぼーっと見てたら、なんだか心臓がふわふわして……。
そのあとは少しだけ服を見たりして……本当に楽しくて、気がつけば時間はあっという間に過ぎちゃってた。
――そして。
朝、愁くんと待ち合わせた大きな置き時計の前で、今度は凛くんと合流の時間。
ファンシーな飾りのついた時計台の下で待っていると……
「ぁ、葵ちゃん、愁ちゃん……♪……あッ!!」
凛くんが目を丸くして駆けてきたかと思ったら、愁くんと繋いでた僕の手を見て、すぐに愁くんの胸へ飛び込んでいった。
「葵ちゃんばっか、ズルい愁ちゃん……」
小さな猫みたいに胸元に顔を埋めて、甘えるように見上げる凛くん。その大胆さ、ちょっと……
ううん、かなり羨ましい。
「学校お疲れ様、凛……♪」
「ん……頑張ってきたょ……愁ちゃん……もっと……褒めて……♪」
愁くんが柔らかい手で凛くんの猫っ毛を撫でてあげるから、見てる僕の胸までくすぐったくなる。ほんと、羨ましいなぁ……。
人目なんて忘れちゃうくらい、美少年同士が
ぎゅーっと抱き合ってる光景は、絵になりすぎてて……周りの視線が、わぁっと集まってくるのが分かる。
僕はその波に巻き込まれて、恥ずかしくて頬が
熱くなってしまって。
「ふ、ふたりとも……あんまりくっついてると、ほら、みんな見てるからっ!」
思わず口にすると、凛くんは舌を出してぷーっと膨れて――
「葵ちゃんのケチ」
……なんて言うから、余計に恥ずかしくなってしまう。
「ふふ……♪ 行きましょうか。凛はお腹空いてるだろうから……なに、食べたい?」
隣で、愁くんは落ち着いた声でそう言って、やさしく笑った。
「んー……ハンバーグっ♡」
即答する凛くんの声は、まるで子どものように弾んでて。
そして――
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