83 / 173
第八十三話
夜、アパート。3人で映画を楽しんでエンドロールが流れ出した頃、隣に座っていた
凛くんが、そっとチケットを差し出してきた。
「あの……学園祭、今週の金曜から3日間あるんだ。で、1日だけでいいから……来てくれたら、
嬉しいなって……」
……そういえば、ちょっと前から言ってた……
週末、学校行事でお休みって、聞いてた……
いつも元気いっぱいな凛くんにしては、珍しく
声が小さくて、少し肩をすぼめてる。
きっと、無理をお願いしてるのが分かってるからだと思う。
学園祭の開催日、週末は全部「日向」が忙しい。
僕たちの手が抜ければ、お店に、お客さんに迷惑をかけちゃう。凛くんは、それを思ってくれてるんだ。
「な、なんてね♪やっぱり、無理だよねぇ。
お店、忙しいし……ボク、土日休んじゃうって
お店に迷惑かけるのに」
そう言って笑うけど、声はどこか寂しげ……。
「えへへ……♪ごめんね葵ちゃん。変なこと……」
凛くんのお店のこと思ってくれる気持ち、健気で、とっても嬉しくて――
思った瞬間、僕は凛くんの手からチケット2枚まとめて受け取ってた。
「行くよ♪1日くらい休んでも罰は当たらないって。ね、愁くん?」
隣に座っていた愁くんを振り向くと、彼は少し
驚いた顔をしてから、ふっと微笑んでくれた。
「……はい。俺も、賛成です♪」
僕らの言葉を聞いた途端、凛くんの顔がパッと
輝いて、僕たちに飛びついてきた。
「ほんと!?行けるの!?やったぁ!葵ちゃんも愁ちゃんも大好きーッッ!!」
その笑顔があんまり眩しくて、僕まで笑ってしまった。
***
そして深夜。
凛くんは、新しい大きなベッドで小さく寝息を立てて眠ってる。嬉しさで、あんなにはしゃいでたのに、今は天使みたいに静か。
僕は愁くんと並んで、ダイニングテーブルでお茶を飲んでた。
「あの、本当にありがとうございます。凛、すごく喜んでました」
そう言って、愁くんは深々と頭を下げる。いつもそう。どこまでも真面目で、やさしくて……
凛くんのお兄ちゃんしてる。
「気にしないで。僕も学園祭って行ったことないから、興味あるし♪」
そう言うと、愁くんが一瞬ハッとして視線を伏せた。
「……すいません……」
僕が学校に行けなかった理由は、彼も知ってる。だから僕は、そっと愁くんの手に触れて、笑いかけた。
「大丈夫。今は、愁くんと凛くんがいるから。
僕、すごく幸せなんだよ」
その言葉に愁くんは少しだけ表情を崩して、静かに囁いた。
「そう言ってくれて、嬉しい……」
愁くんは僕の手をやさしく握って
「凛、学校って通ったことなかったから……」
小声で囁く。
「俺達、あまり楽しい思い出ってないから、
せめて凛は普通に学校へ通わせて」
囁く愁くんの声、少し震えてる。
「ぁ……結局、海外とか行ってしまって、
まともに通わせるのは、出来なかったけど……」
「愁くん……」
「でも、今は少しでも、凛に楽しい思い出を作ってあげたいんです……。」
その声は、僕の心の奥を揺さぶって
「今は、こうしていられるけど……いつまた別のなにかが起こったら、きっとこうしてられなくなる……」
胸の奥がぎゅっと痛んで
「そんなこと……言っちゃ、嫌だよ……愁くん……」
気づけば、涙が零れそうになってた。
愁くんも、凛くんもいなくなる……
今の今まで想像もしていなかった。けど、愁くんも、凛くんも……いついなくなっても、おかしくない……いなくなるどころか、下手したら……って
怖い気持ちになる……
「愁くんも、凛くんも……どこにも行っちゃいやだ……」
愁くんは、そんな僕を強く抱きしめてくれた。
「ごめんなさい……へんな事言って……
大丈夫です……俺も、凛も、葵さんのこと大好きですから、きっと離れられません……」
優しく笑うその顔に、僕は見上げるようにして囁いた。
「……バカ……だったら、居なくなるなんて……言うのなしだょ……」
すると愁くんは、少し照れくさそうに小指を立てて
「……約束です。俺も凛も、ずっと葵さんと一緒にいますから、ね?」
僕はその小指に自分の小指を絡めて、ぎゅっと力を込める。
「……破ったら、許さないから……」
「はい……」
それでも、心のどこかで不安は消えない。
いつか遠くへ行ってしまうかもしれないという恐れは、きっとずっと胸の奥に残る。
だから……今この瞬間を抱きしめたい。
「ねぇ、愁くん。僕を悲しい気持ちにさせた罰……いっぱい抱きしめて、いっぱいキスして……してくれないと納得しない……」
「はい」
「もちろん、エッチもいっぱいしてくれなきゃ……やだからね。それから明日の晩ごはん、
シーフードカレーとプリンも忘れないでね」
そう囁いて笑ってみせたら
「えぇ……」
愁くんは照れたように目を逸らして、少し頬を赤らめた。
その顔が、たまらなく愛おしい。
そして、ほんの少しだけ切なくて。
ともだちにシェアしよう!

