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第八十三話

   夜、アパート。3人で映画を楽しんでエンドロールが流れ出した頃、隣に座っていた 凛くんが、そっとチケットを差し出してきた。 「あの……学園祭、今週の金曜から3日間あるんだ。で、1日だけでいいから……来てくれたら、 嬉しいなって……」 ……そういえば、ちょっと前から言ってた…… 週末、学校行事でお休みって、聞いてた…… いつも元気いっぱいな凛くんにしては、珍しく 声が小さくて、少し肩をすぼめてる。  きっと、無理をお願いしてるのが分かってるからだと思う。 学園祭の開催日、週末は全部「日向」が忙しい。 僕たちの手が抜ければ、お店に、お客さんに迷惑をかけちゃう。凛くんは、それを思ってくれてるんだ。 「な、なんてね♪やっぱり、無理だよねぇ。 お店、忙しいし……ボク、土日休んじゃうって お店に迷惑かけるのに」 そう言って笑うけど、声はどこか寂しげ……。 「えへへ……♪ごめんね葵ちゃん。変なこと……」 凛くんのお店のこと思ってくれる気持ち、健気で、とっても嬉しくて―― 思った瞬間、僕は凛くんの手からチケット2枚まとめて受け取ってた。 「行くよ♪1日くらい休んでも罰は当たらないって。ね、愁くん?」 隣に座っていた愁くんを振り向くと、彼は少し 驚いた顔をしてから、ふっと微笑んでくれた。 「……はい。俺も、賛成です♪」 僕らの言葉を聞いた途端、凛くんの顔がパッと 輝いて、僕たちに飛びついてきた。 「ほんと!?行けるの!?やったぁ!葵ちゃんも愁ちゃんも大好きーッッ!!」 その笑顔があんまり眩しくて、僕まで笑ってしまった。 ***  そして深夜。  凛くんは、新しい大きなベッドで小さく寝息を立てて眠ってる。嬉しさで、あんなにはしゃいでたのに、今は天使みたいに静か。  僕は愁くんと並んで、ダイニングテーブルでお茶を飲んでた。 「あの、本当にありがとうございます。凛、すごく喜んでました」 そう言って、愁くんは深々と頭を下げる。いつもそう。どこまでも真面目で、やさしくて…… 凛くんのお兄ちゃんしてる。 「気にしないで。僕も学園祭って行ったことないから、興味あるし♪」 そう言うと、愁くんが一瞬ハッとして視線を伏せた。 「……すいません……」 僕が学校に行けなかった理由は、彼も知ってる。だから僕は、そっと愁くんの手に触れて、笑いかけた。 「大丈夫。今は、愁くんと凛くんがいるから。 僕、すごく幸せなんだよ」 その言葉に愁くんは少しだけ表情を崩して、静かに囁いた。 「そう言ってくれて、嬉しい……」 愁くんは僕の手をやさしく握って 「凛、学校って通ったことなかったから……」 小声で囁く。 「俺達、あまり楽しい思い出ってないから、 せめて凛は普通に学校へ通わせて」 囁く愁くんの声、少し震えてる。 「ぁ……結局、海外とか行ってしまって、 まともに通わせるのは、出来なかったけど……」 「愁くん……」 「でも、今は少しでも、凛に楽しい思い出を作ってあげたいんです……。」 その声は、僕の心の奥を揺さぶって 「今は、こうしていられるけど……いつまた別のなにかが起こったら、きっとこうしてられなくなる……」 胸の奥がぎゅっと痛んで 「そんなこと……言っちゃ、嫌だよ……愁くん……」 気づけば、涙が零れそうになってた。 愁くんも、凛くんもいなくなる…… 今の今まで想像もしていなかった。けど、愁くんも、凛くんも……いついなくなっても、おかしくない……いなくなるどころか、下手したら……って 怖い気持ちになる…… 「愁くんも、凛くんも……どこにも行っちゃいやだ……」 愁くんは、そんな僕を強く抱きしめてくれた。 「ごめんなさい……へんな事言って…… 大丈夫です……俺も、凛も、葵さんのこと大好きですから、きっと離れられません……」 優しく笑うその顔に、僕は見上げるようにして囁いた。 「……バカ……だったら、居なくなるなんて……言うのなしだょ……」 すると愁くんは、少し照れくさそうに小指を立てて 「……約束です。俺も凛も、ずっと葵さんと一緒にいますから、ね?」 僕はその小指に自分の小指を絡めて、ぎゅっと力を込める。 「……破ったら、許さないから……」 「はい……」  それでも、心のどこかで不安は消えない。 いつか遠くへ行ってしまうかもしれないという恐れは、きっとずっと胸の奥に残る。 だから……今この瞬間を抱きしめたい。 「ねぇ、愁くん。僕を悲しい気持ちにさせた罰……いっぱい抱きしめて、いっぱいキスして……してくれないと納得しない……」 「はい」 「もちろん、エッチもいっぱいしてくれなきゃ……やだからね。それから明日の晩ごはん、 シーフードカレーとプリンも忘れないでね」 そう囁いて笑ってみせたら 「えぇ……」 愁くんは照れたように目を逸らして、少し頬を赤らめた。 その顔が、たまらなく愛おしい。 そして、ほんの少しだけ切なくて。

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