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第八十五話

 日曜日。お店を臨時でお休みにして、僕と 愁くんは朝から凛くんの通う学校、 「県立輝陽学園」に来てる。 「いやー……すごい人だね。」  校門の前、わいわいと人がごった返している 光景に、思わず僕は口を開けて見上げてしまった。 「そうですね」  って愁くんは言って、すっと僕に手を差し出してくれる。 「はぐれないように♪」  ……もう。こんな人混みの中で、堂々と手を差し伸べてくれるなんて……。  僕の心臓が跳ねる音、愁くんにバレてないかな? 「……ありがと♡」  思いながら喜んで手を重ねる。  愁くんは柔らかく笑って。その笑顔がもう 眩しすぎて、危うく校門で2時間くらい見惚れて棒立ちするところだった。 ***  凛くんに渡された手描き地図を頼りに、校舎の通路を歩いてる。さすがにグー○ルマップにも 校舎の地図はないみたい。  ……けど、ここ本当に男子校なんだよね? なんでだろう。 「きゃーっ!かっこいいっ♡」 「お兄様ぁ、ぜひうちの模擬店来てって!お団子サービスするからっ♡」 「こっちの教室に寄ってください……♡」  愁くんが通るとこ、制服の生徒たちが頬を赤くして群がってくる。  それも1人2人じゃない。まるで芸能人に声を かけるみたいに、わぁっと黄色い声援。  ……男子校……なんだよね?ここ。  なんか妙に可愛い子ばっかりだし…… もしかして顔面偏差値テストでもあるのかな? 「すみません。今日は、弟のところに行くので……また後で……」  愁くんは、にこっと柔らかく笑って、差し出された手を軽く押し返したり、肩をそっとかわしたり。まるで王子様みたいに丁寧で――その仕草の 1つ1つに黄色い声がさらに飛ぶ。 声も優しいから、群がってる生徒たちも 「あはは……♡」って耳まで真っ赤になって、 名残惜しそうに下がっていく。 「……愁くん、モテすぎ……」 僕がそうぼやくと、彼はちょっと照れくさそうに笑って、握った僕の手を少し強くする。 「葵さんだって……。ほら」 「えっ……?」  って、気づいたら僕まで、可愛い子たちに 囲まれてた。 「わぁ……その髪、綺麗ですね♡」 「お兄さんお名前は?もし良かったら、一緒に写真撮ってください!」 「ちょっと、こっちは僕が接客するんだよ?ね、お兄ちゃん♡」 「違う!僕のだよ!……でしょ?♡」 「きれい……」 「中性的で……めちゃタイプなんだけど……♡」 「ねぇねぇ、一緒に写真撮らない?LIME交換だけでもッ!」 凄い迫力。肩をつんつんされるたびに、僕は情けなく「ひゃっ」とか「わ、わ……」とか声が漏れてしまって、余計に可笑しがられてる気がする……。 そんな中―― 「……困らせないでください」 愁くんの低い声が落ちて、すっと僕の肩を抱き寄せたら、周りの生徒たちは「ひゃあっ」と赤くなって後ずさる。 「はぅ……愁く……」 「この人は……俺の大切な人なので」 「は…………ッ!!?」 高校の通路のど真ん中で、僕は顔が真っ赤だ。  ズルい……♡……そんな独占宣言……ズルい……!!♡♡♡  周りの生徒たちが一斉に「きゃぁぁああ♡♡♡」って黄色い悲鳴を上げて床を転げ回ったのは言うまでもない。 ***  そんなこんなで辿り着いた、凛くんのクラス。  教室の扉の上には大きな布看板。  ――「乙メン♡カフェ」 「え……?」 「え……っ」  僕と愁くん、同時に変な声出た。  おそるおそる教室の扉を開けると―― 「おかえりなさいませ~ご主人様っ♡」  ふりふりメイド服の男子たちが、一斉にお辞儀をして出迎えてくれる。  しかも皆、女の子顔負けの可愛さで、スカートひらひら、胸元までレースひらひら……。 「わぁ……かっこいいですねぇ……♡」 「ちょっとぉ、このご主人様は僕が接客するの!ね、ご主人様♡」 「違うぅ……!この人は、僕の……ご主人様……♡」  また囲まれた……!  近い近いっ!ひらひらスカートがすれるっ……!  男子ってわかってるのに、耳まで熱くなるっ……! 「みなさん……お気持ちはありがたいですが」  愁くんは僕の肩にそっと手を置いて、にこやかに――でもきっぱりと断ってくれる。 「俺と一緒にいるこの人を困らせるような真似は、やめてください、ね?」  ……うぅ……やっぱり優しい……♡  僕の代わりに、全部言ってくれて……惚れ直しちゃう……♡ と、その時―― 「あっ♪ 愁ちゃん、葵ちゃんっ♡」  カーテンの奥から聞こえる声。  ふわって現れたのは、ふりふりメイド服姿の――凛くんだった。 「……と、違う……おかえりなさいませ、ご主人様たち♡」  ぱぁっと笑って、僕と愁くんに抱きついてくる。  レースひらひら、スカートふわふわ、その胸元のリボンが当たって…… ……ちょ、近い……近い…… 「り、凛……なんでこんな……」  愁くんが思わず問いかけると、 「ンフ♡だって男子校の学園祭だよ?可愛い女の子いないんだったら、ボクたちが頑張らなきゃでしょ♪」  にこにこ顔で言う凛くん。  ……いや、この学園、ブレザーでも可愛い子結構いたんだけど……。  それに、そのミニスカから伸びる脚、ニーソに包まれてもじもじ動いてるの……反則だょ…… 「葵ちゃんも、来てくれてありがと……お店お休みにしてくれるなんて……ボク、いっぱいお返し、しなきゃね♡」  甘い吐息が耳元にかかる。 「……っはぅ!」  耳まで真っ赤になって崩れ落ちそうになる僕。  ……凛くん、小悪魔すぎる……  こんなの、耐性なかったら財布も心も全部持ってかれる。 ***  2つの机をくっつけたテーブルに案内されて、 椅子に腰を下ろした。 テーブル、可愛い柄の布がかけられてて……  こういうの、アニメとかマンガで見た The学園祭って感じがして、僕の胸が弾んだ。 「なんか……いいね、こういうの、学祭って感じする♪」 「ええ……素敵ですね♪」 愁くんの声も柔らかくて、思わず頬がほころんだ。2人とも未経験だから、妙に浮かれちゃうのも仕方ないかも。 そう思ってたら―― 「ご主人様ぁ♡ ご注文はお決まりですか〜?」 ……小悪魔メイド、もとい凛くんが、ひらりと スカートを揺らしてしゃがみ込んできた。 「ほ、本格的だね、凛くん……オススメとかある?」 「ん〜、パンケーキとか、オムライスとかですかねぇ♪ ご主人様、なんにします?」 にこにこ笑いながら注文を取ってる……はずなのに。 ……ちょっと待って。 突然、膝の上に凛くんの手がぽすんって置かれた…… 「ッ……!?」 「そんなに緊張しないで、お客様……ふふっ♪」 息が詰まる。まるで舞台に立たされてるみたいに、心臓が跳ねる……。  しかも……しかも、しゃがんだ太ももの隙間から、下着が……  目が吸い寄せられてしまって、気づけば凛くんと視線が絡む。 彼は一瞬俯いたあと、顔を上げて―― にやぁって、悪魔みたいに笑った。 「ご主人様のエッチ♡ そんなに見たいなら……見せてあげようか、葵ちゃん♡」 にゅるん、て太ももが少し開こうとするのを感じて、全身に電気が走った。 ……やばいやばいやばい、これは心臓が止まる……!! 「こら。凛、葵さん困らせちゃダメだよ」 こん……って。 愁くんが優しく凛くんの頭を小突いた。 「えへへ……だって慌てる葵ちゃん、可愛いんだもん♡」 僕の心臓の耐久値はとっくにゼロだよ…… 凛くん……一般人なら即死級の小悪魔攻撃だと思うんだけど…… 「どっちが人気あるの?」 愁くんは冷静そのもの。すごすぎる。 「ん〜、オムライスかな♪ 葵ちゃんと愁ちゃんのには、ボクがケチャップで美味しくなる魔法を描いてあげるよ♡」 「葵さん、オムライスでいいですか?」 「はぁ……はぁ……ぅ、うん……」 声が震えてる。メニューなんてもう文字が泳いで見えない。 「じゃあ、オムライス2つとオレンジジュースと……葵さん、飲み物は?」 「か、カルピス……」 凛くんはペンをカキカキしながら――愁くんを見上げる。 「かしこまりましましたぁご主人様ッ♡」 次の瞬間、愁くんがさらっと言った。 「それと、他のお客さんに同じことしちゃ ダメだよ……困っちゃうから。」 その言葉で、凛くんのペンがぴたりと止まった。 そしてゆっくり顔を上げ、にやり。 「ンフ♡ 安心して、愁ちゃん♪」 そして、立ち上がって――周囲をキョロキョロ確認して。 ばさ……ってスカートを、愁くんにしか見えない角度で持ち上げた。 ……一瞬だけ空気が止まった気がした。 スカートの布に邪魔されて愁くんの顔は見えなかったけど――ひらりと布が元に戻ると、愁くんは 真っ赤になって固まってた。 「ボクがボクを見せるのは愁ちゃんと葵ちゃんだけ……ンフッ♡」 舌をちろっと覗かせるその笑みが、小悪魔どころか大悪魔に見える。 「じゃ、少々お待ちくださいませ、ご主人様ぁ♡」 スカートをひらひらさせながら去っていく凛くん。 残された僕と愁くん――一人は心臓が爆発しそうで、もう一人は真っ赤になってフリーズ。 ……うん。学園祭のメイド喫茶っていうより…… 命懸けの修行場なんじゃないかな……ここ。

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