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第八十六話

 2人とも深呼吸でちょっと心を落ち着けながら待ってたら、テーブルに、ことり……って音を立てて、オムライスが置かれた。  黄色いつやつやの卵が、まるで宝石みたいで、 湯気をあげてる。 ……あぁ……これ、絶対美味しいやつ。 「わぁ……美味しそう……♡」 「ほんと、凄いですね」 そう言ったら、凛くんはにこーっと笑って、猫みたいに首を傾げた。 「ん♡うちのクラスに料理の上手い子がいてさ、その子が担当なの。ボクも食べたけど、かなり 美味しかったよ♪」 ふわっとひらり、スカートが揺れるたびに、太ももが目に入る。 ……あぁダメ。せっかく落ち着いた心臓がいちいち跳ねる。 見ちゃいけないと思うほど、視線が勝手に吸い寄せられる。愁くんの向かいで、こっそり息を止めてしまった。 そして、やっとドキドキがおさまった頃。 「「いただきます。」」 って、僕と愁くんは揃ってスプーンを手にしたんだけど―― 「まだ、だめですよご主人様♪ 準備が終わってませーん♡」 ぴたりと止められて、見れば凛くんの手には ケチャップボトル。 ……あぁ、そうだ。メイド喫茶といえば、これ。 「美味しくなーれ♪ 美味しくなーれ♪ にゃにゃにゃにゃにゃにゃ♡」 スカートをふりふり、腰をくいっと揺らしながら、僕と愁くんのオムライスに赤いハートを描いていく。 ハート、ハート、ハート……。 あっという間に黄色いキャンバスは真っ赤な愛情まみれになった。 見てるだけで……なんだか胸が熱くなる。 ハート描かれただけで、こんなに幸せになれるなんて……。 「さぁ、できましたぁ♪ お召し上がりくださいませ、ご主人様達っ♡」 にこっと笑って、スカートをひらひら。 その仕草が可愛さMAXを超えて、もう神々しい領域に突入してる。 僕はスプーンをすくって――ぱくり。 「ん……もぎゅ……」 美味しい……!  ケチャップかけ過ぎかと思ったけど、ふんわり玉子に包まれたチキンライス、さっぱりしてて ちょうどいい。というかチキンライスだけでも 充分美味しいかも…… ……あぁ、これレシピ教えてもらいたい……。 「ごく……ん、すっごい美味しいよっ♪」 僕がそう言うと、凛くんは嬉しそうに目を細めた。 「……美味しい」 愁くんが短く呟くだけで、凛くんはまるで自分が作ったみたいに得意げ。 その姿がまた可愛くて、やっぱり心臓に悪い。 「ボクの二人への愛の魔法だよっ♪」 手でハートを作って、ぱちんとウインク。 決めポーズらしいそれを見せて、スカートひらり……。 舞台から去るアイドルみたいに、凛くんは軽やかに僕たちのテーブルをあとにした。 「……ね……愁くん、大丈夫……?」 「……ぁ……ちょっと、胸が……葵さんは……?」 「僕も……」  僕と愁くんは、ただ顔を見合わせるだけで、 お互いの気持ちを理解してしまう。 揃ってまた、ふーっと深呼吸してから……残りのオムライスを、ゆっくりと、美味しくいただいた。 ***  「はぁ……美味しかったぁ……♪」  「ええ、美味しかったですね……♪」  カルピスをずずっとすすって、ふぅ、と息を つく。 ふたりして食べ終わったあと、改めて辺りを見渡したら……びっくり。教室、もうお客さんで ぎゅうぎゅう。  そりゃそうだよね……だって、ここにいる 子たち、みんな男の子とは思えないくらい可愛いんだから。  「ねぇ……愁く……ん?」 声をかけると、愁くんは僕じゃなくて周りを見てる。おかしい。いつもなら、僕だけを見てるはずなのに。  「ねぇ、ちょっと……!」  「ぇ……あ、はい……?」  「見すぎじゃない……?」 なんだか胸の奥がむずむずした。 愁くんは、僕……と、まぁ、凛くんだけ見てればいいのに。  「いえ、ちょっと……お客様が増えて……みんな動きが、少し……」  「ん、あぁ……」 なるほど……そういうこと……完全に職業病。 言われてみれば、凛くんは慣れてるけど、 他の子たちはお客さんの多さにみんなテンパってて……連携がぐちゃぐちゃ。 ……あぁ……同じテーブルに二度聞きしてるし……そっちは注文間違えてるし……ちょっと、そんな 慌てたら危ない……  「ッ……」 小さく息をのんだ。と、同時に――  「あっ!」 ドンッ、てメイドくん同士がぶつかって、 料理のトレイが宙に舞った。 僕が「危な……!」って思うより先に、愁くんが立ち上がって駆け出して…… ――ヒュッ。 って、空中でパンケーキののったお皿をトレイにのせた状態に戻して、片手でキャッチ。 しかも、もう片方は床に転びかけた子をふわっと 抱きとめてた。  「君、大丈夫?ケガ……してない?」  「は、はぃ……だいじょぶ……です……ぁ、ありがと……ご主人様……♡」 ……なんだろ、この少女漫画的展開は。 教室が一瞬静まり返って、それから「キャーッ」て弾けるように沸いた。 「ッ……♡」 ……僕の彼氏、そんなヒーローみたいなことしたら……また惚れ直しちゃうょ……。 でも……腕にしがみついて両手を胸の前でぎゅっと握ってる、その子。 いい加減離れた方がいいかな。  「わぁ、さっすがボクの愁ちゃんッ♪」  「っと、凛……危ないよ。」 って、そこに凛くんも抱きつくし。愁くん、ほんとモテすぎ……。僕……ちょっと許せなくなってきたよ?  「ね、愁ちゃん……お願いがあるんだけど…… いい?」  「うん……?なに」  「ちょっとこっちッ♪ ぁ、の前に、そのお料理はその子に渡して。いい加減離れてね♪ じゃないと、ボクが許せなくなっちゃうからね♪」 凛くん、そのままスカートをひらひらさせて、 愁くんの手を引いて分厚いカーテンの向こうへ 連れてっちゃった……。  「ほぇ……?」 ……僕、置いてけぼり? *** おかわりしたカルピスをずずっと飲みながら……待つこと5分くらい。 分厚いカーテンが、シャーッと開いた。 僕には瞬間、何が起こったのかさっぱりわからなかった、けど――  「ぶふッッッ!!?」 カルピスが鼻から出た。 いやもう、それくらい衝撃的だったんだ! カーテンの向こうに立ってたのは…… 凛くんとお揃いの、フリフリのメイド服をまとった……愁くん……。 黒のミニスカートがすらっとして白いニーソックスを履いた脚に似合いすぎて、胸元のフリルが 赤い瞳と同じくらい色っぽくて……なのに、なのに……恥ずかしそうに頬を染めてるのがもう ……反則。 言葉が出ない僕――だけど、ポケットからスマホを取り出して……カメラ起動からの親指は シャッターボタン長押し…… パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ…… ってマシンガン連射で写真撮ってた…… そんな僕を、愁くんはちょっと恥ずかしそうに 見下ろして…… 小さな声で「ぉ……お客様……写真撮影……NG です……」って……人差し指と人差し指をクロスさせて小さなバツマーク……。 ……だめ。 心臓が跳ねて飛び出しそう、ドキドキ、止まらない。 こんなの、可愛いし……エッチだし……可愛いし……あぁあぁあああs……もぉぉぉぉおお!!!

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