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第九十四話
ここは――
チェルノブイリ第4炉心――外見は事故で崩れ落ちた超巨大な石棺をシェルターが覆っている。
世界では、そこまでの情報で止まっており、報道もされておらず。
現在、その表面を大量の高射砲の棘が守り、停止したと言われたその地下は、今もなお生きている。
そしてその周囲。腐食した鉄骨とコンテナが散らばり、ひび割れたコンクリートに覆われた灰色の大地。
そのただ中で、愁と凛は、異能体の群れに取り囲まれていた。
数はおよそ60――。
肥大化させた筋肉を愁達と似た装甲服で覆い、
その腕や脚は前の個体よりも明らかに大きく強化されて、銃口まで埋め込まれている。
眼窩で赤く光る双眸は冷たく無感情。
だが、その腕に埋め込まれた銃口だけは意思をもって確実に2人を捉えていた。
「ッ……」
愁は右腕の鈍い痛みに一瞬だけ眉をひそめる。
しかし、その違和感すら意識の奥に押し込み、
両手に収めたカスタム・グロック23を静かに構え。
「凛、少しの間サポートお願い……」
「うん、任せてよ!」
互いの瞳が赤い光を反射し、合図もなく引き金が引かれる。
――ダダダダダダダッッッ!!!
――バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
轟音が闇を裂き、閃光が四方を走る。弾丸が鋼鉄を叩く金属音と、石片が跳ね飛ぶ乾いた衝撃が重なる。
駆けながら凛のスコーピオンは容赦なく火を吹き、愁のグロックも的確に頭部を狙い撃ち続ける。
数体は崩れ落ちた。しかし……残りは速い。2人の放つ銃弾を掻い潜り、反撃しつつ確実に駆け寄ってくる。
以前、愁が戦った時よりも、明らかに“戦闘”に
最適化されている。
「っ……また動きが良くなってる……」
愁は胸中で舌打ち。次の瞬間、十数挺の銃口が彼らを狙い、火線が一直線に走った。
――ダダダダダダダダダダダダダッッッッ!!!
だが、愁と凛は止まらない。
弾丸の嵐を「避けている」のではない。
銃口の揺れ、トリガーを引く指の動き、わずかな肩の沈み込み――その全てを視て先読みし、弾丸が通るはずの“道筋”から身をずらし、駆け抜ける。
「ッッ……!」
愁は滑り込み、先頭の異能体に全体重を乗せた蹴りを膝に叩き込む。鈍い破砕音、巨体が揺らぎ、そこへ二発、グロックの銃声が頭蓋を砕く。
だが弾倉は空になり、乾いたクリック音が耳に刺さる。
「「「もらった……」」」
その刹那、ほぼゼロ距離で愁へと殺到する銃口の群れ。
だが――
「させないよッ!!」
凛の「レヴェナント」が閃光と共に唸りを上げる。
シュルルルッ――ッ!
超極細のワイヤーが空気を切り裂き、一体を貫通。それ軸にして凛が円を描く様に駆け抜けると、糸の直線上にいた異能体たちは次々と胴体を切断され、血と肉片を撒き散らして、瓦礫の上に雨のように降り注ぐ。
愁はその間に素早く装填。
バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!
低い位置から弾丸をばら撒き、残った者たちを
容赦なく撃ち抜き。
「凛、四時!」
「うんッ!」
弾幕を張りながら2人は右後方のコンテナの
陰へ飛び込み、息を整える。
再装填の合間も、弾丸は容赦なくコンテナの鉄板を削り、火花を散らす。
「愁ちゃん……あいつら、貰ったデータより速いんだけど……!」
弾倉を交換しながら凛が言う。
愁は苦笑しつつも
「うん、前よりも確実に……けど」
不思議と心は落ち着いていた。
「負けは、しないんじゃない?」
四丁のグロックに素早く再装填。再び銃を構え。
「んー、まぁ……ね♪」
凛も心は同じらしく。短い笑みを交わした2人は再び立ち上がる。
遠くからも激しい銃撃や爆発の音が響いて
いる。この戦場全体が燃え盛る嵐の只中にあるのだと、愁と凛は悟り。
「とりあえず、あのゲートを開けなきゃなんだよね……?」
「そう、とりあえず、ね。」
愁と凛がちらりと見る――。
――それは、まるで地獄の喉元を塞ぐかのように
屹立していた。
唯一侵入可能と予想されたゲート。分厚い鉄板と劣化しきらぬコンクリートが幾重にも積層し、鈍く灰色に光る。そこには赤錆に覆われた大きなナンバー「04-Δ」と白く剥げた文字が刻まれ、表面には爆裂痕や弾痕が点々と走り、以前、別の誰かが何度も突破を試みた痕跡。
それでもなお開かず、圧倒的な閉鎖感を放つ。
本来であれば、この裏側で陽動が開始されると
同時に少数での内部侵入の予定であったが、愁達も含め、全ての輸送機が撃墜されてしまった。
ゲート周辺には異能体たちが無言で整列していた。無機質な赤い瞳で外敵を監視するその姿は、ただの警備兵ではない。
鉄と血と肉で造られた“壁”そのもののように、
愁と凛の前に立ち塞がっている――。
「頑丈そう……」
凛が言うや否や、愁はポーチから手榴弾を取り出し、笑みを浮かべる。
「簡単だよ……きっと――」
カチリ、とピンが抜かれ。愁は2人の足元に落とし――
「行こうッ!」
「うんっ!」
2人はコンテナの陰から跳び出し、駆ける。
直後、2人がいた場所に、大量の異能体が押し寄せ――次の瞬間。
ドゴァァァァァァァンッッッ!!!
轟音とともに閃光。
グチャッ……グチャッ……と生々しい音が響き、
吹き飛ばされた異能体の肉片が雨のように降り注ぐ。
かなりの数が肉塊となった。それでもゲート前の異能体が減ったわけではなく、整然と待ち構えていて……埋め込まれた銃口が、一直線に駆ける2人を即座に捕捉する。
「うわ……避けきれるかな……これ……」
「……大丈夫。」
愁は短く答えた。
その直後――
――バンッッッッ…………!!バンッッッ…………!!
一際鋭い炸裂音が、遥か遠くから響き。
少し遅れて、ゲート前の異能体の頭が、一つ、
また一つと弾け飛ぶ。
赤黒い霧が舞い、首のない死体が次々と崩れ落ちる。
「……さすが。」
愁の口元が僅かに緩む。
「っ……!?」
凛が目を見開く。
『へっへー♪愁の信頼に応えての一撃……
まだまだ行くっスよ〜♡』
イヤホン越しに、葉月の軽快な声。
だがその狙撃は一切軽くない。撃ち抜かれた
異能体たちは、無惨に爆ぜ飛ぶだけ。
続けざまに――
バンッッッ……!バンッッッッ…………!バンッッッ……!バンッッッッ……!
頭蓋は砕け、血煙と肉片が夜空へ散華する。
Barrett M82。戦車すら撃ち抜く大口径の銃身
から撃ち出される弾丸。葉月は一発も外さない。
3000メートル先だろうと、闇の中だろうと、
愁が知る限り――彼の狙撃は世界の理に逆らう。
弾丸が唸りを上げるたび、
「ふん、遠くから撃って楽してるだけじゃん!」
凛が不満を漏らす。
『こっちはこっちで場所取り大変なんスよ!』
「こっちだって!!ずっと大変なんだか……」
『ぷふふ♪愁に抱えられて滑ってたの、ちゃんと見てたッスよ〜♡』
イヤホン越しに葉月の愉快な笑い。
「にゃッ!?見てたならもっと早く援護してよッ!!」
『ぷふ……愁なら大丈夫と思ったし、それに主役は最後に格好良いとこ全取りが映画のセオリーっス♪』
そんな軽口のやり取りを遮るように
「葉月、ゲート……吹き飛ばせる?」
愁が聞くと。
『おまかせあれッスー♪』
やはり軽快な返事。会話の間にも赤黒い花火が
ゲート前に咲き乱れ。肉片が弾け飛び、頭部が砕け、鉄とコンクリートの床を鮮血で濡らす。
ゲート前の守りは瞬く間に崩壊し――
そして轟音。
――ドガォォォォンッッッッッ!!!!!
葉月の特殊炸裂弾がゲートを直撃。鉄とコンクリートが爆ぜ、崩れ落ちる。
『続けて第2射いくっス! 死にたくなきゃ射線の前に立たないでくださいなーッ♪』
――ドゴォォォォンッッッッッ!!!!!
再び轟く爆音。ゲートは完全に粉砕され、
コンクリートの破片が雨のように降り注ぐ。
侵入口が開いた。
「……ありがと。」
愁の冷静な声に。
『楽勝っス〜♪』
変わらず軽快な返事。
「ふん……あんなの、ボクでも……」
凛がぷいっと拗ねると、愁はクスッと笑い、彼の頭に手を乗せ。
「凛。助けてもらったら、お礼は?」
「ぅ……ありがと……」
『どういたまして〜ッス♪』
そして――
「それじゃ、残りの掃除と警戒お願い。」
『了解っス♪』
甘さと残酷さを同時に抱えながら、愁と凛は
走り出した。
肉片と血の匂いが充満する戦場を抜け、葉月が
開けた突破口――第4炉心地下区画、その闇の奥へ。
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