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第九十八話

 崩壊の轟音が地下深くから地上へと突き上げてくる。 「――ゴゴゴゴゴオオオッ!!」 地鳴りのような揺れと共に、第4炉心地下実験区画は崩落していった。  そこから、黒い影が3つ飛び出す。爆炎を背にして駆け抜ける小さな人影――京之介と凛、そして 京之介に担がれた愁。  必死に生を求めて走る姿が、まるで儚い夢の 残り香のようにファウストの目に映った。 「ぁははは……♪あぁ……ほんと、とっても楽しかったぁ……♪」 ファウストは声を震わせ笑い、熱で焼けただれた顔の左半分から、焦げた肉片が剥がれ落ちる。 皮膚の下、まだ白い新しい肉が蠢き、ぼこぼこと膨らみながら再生していく。 溶け落ちた瞼も、糸を縫うように肉が寄り集まり――再び美しい形を取り戻していく。 「……くっ……ふ……ふ……」 痛みではない。昂ぶりに震えた息が、歯の隙間から漏れる。 地面に埋もれゆくシェルター。血と灰に塗れた地獄。 その地獄を駆け抜けていく彼らの姿は、ファウストにとって何よりも甘美な光景だった。 「もう一度……あの子と、遊んでみたいな……♪」 囁いた瞬間。 「ファウスト……それより、そろそろ行かないと……」 背後から、おっとりとした声が響いた。振り返れば、黒縁眼鏡を掛けた青年。彼もまた煤で汚れたスーツに白衣を羽織り、無表情の中に微かな 焦りを隠している。 「ああ、うん……。そういえば、こっちの被害者は何人だった……?」 ファウストの声は熱に焼けた鉄のようにざらついていた。 青年はポケットから愁たちが使うのと似た端末を取り出す。液晶には赤い数字が刻まれていた。 「……2352人です。現在までで。」 硬く言い切ると、彼はその端末をぎゅっと握り 潰さんばかりに力を込めた。 「そう……」 ファウストは焼け落ちた頬に新たな皮膚が広がっていく感覚を楽しみながら、微かに笑う。 「彼らの犠牲を……無駄にしないようにしなければね。」 その声音に、眼鏡の青年は小さく頬を染めた。 「そうですね……。それと、これ、着てください。今の姿は……破廉恥です。」 彼が差し出したのは、新しい白衣。 「あはは、ありがと……♪」 ファウストはそれを肩に掛けながら、くすくすと笑った。 「でも、そろそろファウストって名前、嫌になってきたなぁ……一応彼らを元にして作られたなら日本人でしょ、僕も。それと毎回、同じ白衣じゃ……退屈じゃない?」 「退屈とか、退屈じゃないとかではなくて、仕方ないじゃないですか。まともな服なんて、もう 残ってませんよ。あるのは……血で固まった ツナギくらいで……」 眼鏡の青年の声は僅かに不服そうで、しかし どこか甘えているようでもあった。 「あははははっ♪しょうがないか。まあいいさ。……近いうちに調達しよう。今度はもっと お洒落で、格好良いやつを。」 「……そうですね!」 眼鏡の青年はその言葉に、まるで子供のように嬉しそうな声を上げ。 その瞬間――。 パッパ――ッ!!! 背後から轟くクラクション。 反響音が焼け野原に突き刺さり、二人は同時に 振り向く。  そこには、一台の巨獣が待っていた。 都市でも、戦場でも、まるで移動する要塞のように存在感を放つ――グルカLAPV。 車と呼ぶにはあまりに巨大で、鋼鉄の塊は不気味なまでに無機質な光沢を放っていた。 助手席の窓から顔を出した男が怒鳴る。 「さっさと乗れッ!!ここもすぐに崩れるぞ!」 ファウストは白衣の裾を翻し、肩越しに一度だけ燃え盛るシェルターを振り返った。 赤黒い瞳と金色の瞳――左右異色の瞳に映るのは、あの少年――愁の姿。 心臓の奥が高鳴り、笑いが零れる。 「あぁ……なんだろうこの感情……待っていてくれ。すぐに、また会おう♪」 そして、鋼鉄の巨獣がエンジンを唸らせる。 ――ドドドドドオオオッ!! 地鳴りのような咆哮と共に、彼らの道は、まだ 始まったばかりだった。

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