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第百四話

 気がついたら、僕はシルビアを飛ばしてた。 お店の片付けも仕込みも、凛くんと一緒にいつもよりずっと速い手で終わらせて。 疲れた……。正直、お客さんより京之介さんに。 あの人のおかげで厨房もホールも大騒ぎで…… 凄い疲れた。 だから癒しを求めて、真っ直ぐ愁くんに会いに行こうって決めた。 凛くんも同じ気持ちみたいで、助手席で腕を組んでうんうん頷いてた。  山を越えた先の病院。木造だけど、中には なんか近未来みたいな機械が揃ってて。 でも、そんなの目に入らない。僕らは階段を 駆け上がって、愁くんの病室へ直行した。 ――ノックしようとした、その時だった。 「なぁ……ここ、気持ちええ?んふふ……愁、敏感やねぇ……♡ほら、もっとしたるさかい……声出してもええよ……♡」 「ちょ……ぁ……ひ、ひとりで、出来ます…… から……ぁ……」 ――木製の扉の向こうから聞こえてきたのは、 京之介さんと愁くんの声。 聞いた瞬間――僕は、凛くんと顔を見合わせて、 「「何してんだッッ!!」」 ほぼ同時に叫んで、 バァァンッ!!! 僕らは病室の扉を勢いよく開けた……。 ――瞬間、僕らは思わず息を呑んだ。 ベッドの上、愁くんは上半身裸で。 その背中に京之介さんがぴったりと寄り添って、まるで抱きしめるみたいな体勢で、濡れタオルを肌に這わせていた。 「ぁ、葵さん、凛……京之介さん……も、う…… ふたり、来てくれましたから……」 困ったように愁くんが声を漏らす。 けど京之介さんは、お店では見せなかった…… 甘やかすような柔らかな笑顔を浮かべて、愁くんの耳元で囁く。 「ふふ……♡関係あらへん……じっとしてなぁ、 自分でするよりうちが拭いたほうが気持ちええやろ? 昔からそうやったやん……♪」 その声が優しくて、恋人同士の戯れにしか見えなくて。胸の奥がぐらぐらして、思わず握り締めた拳が震えた。  凛くんも同じで、顔を真っ赤にして「京兄ちゃんっ……!」って叫びそうに口を開いた。 けれどその瞬間、京之介さんの瞳が細く光って、ほんの一瞬だけ空気が張り詰める。 圧がすごい……息をするのも辛いくらいで。 僕も凛くんも言葉を飲み込んでしまった。 コンコンコン…… 「失礼します。月見さん、夕食ですよ。」  ちょうどそこへ病院食のワゴンが運ばれてきた。白いお盆の上に、湯気の立つ味噌汁や煮魚が並んでる。 看護師さんっぽい人が「ごゆっくりどうぞ」と 置いていくのを横目に、京之介さんは愉快そうに微笑んで。 「ほら、愁。お口開けて? んふ……♪うちが食べさせたる♡」 箸を持つ仕草まで優雅で、まるで舞の一部みたい。 ほぐした魚を箸で摘み、そのまま愁くんの唇へ 運んでいく。 「っ……じ、自分で……食べられますから……」 必死に拒もうとする愁くん。 だけど京之介さんは一歩も引かず、膝をベッドに上げて距離を詰める。 「ほら……恥ずかしがらんと、あーんして…… なんやったら、うちが柔らこうしたるけど…… そっちがええ?♡♡」 甘い笑顔で見つめられた愁くんは、顔を赤らめて小さく口を開けるしかなかった。 「そうそう……ようできたなぁ♡ んふふ……♪」 嬉しそうに囁きながら、ひと口、またひと口と 食べさせていく。 ――僕も、凛くんも。 ただ黙ってそれを見せつけられていた。 唇を噛んで、胸の奥がぐちゃぐちゃに掻き回されて。 でも……声に出来ない。 愁くんも困ってるみたいだけど、やさしいから 強く拒めないみたい……。  京之介さんはそんな愁くんを、慈しむように 撫でながら――僕らに見せつけるみたいに、甘い声で囁いた。 「うちの可愛い愁……♡やっぱりこうして食べ させたるんが、一番似合うわぁ……♡」 ……胸が張り裂けそうだった。

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