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第百五話
京之介さんの携帯端末が、
――ブルルルッ、と低く震えた。
「……あッ?」
愁くんと過ごす時間を邪魔されたのが、よほど
気に入らなかったのか、京之介さんの笑顔が
一瞬だけすっと消える。
通話に出ても、ほんの一言二言だけ。
そして――プツン、と音を立てて切った。
「あぁ……愁。寂しいやろうけど……」
頬に朱を帯びた微笑みを浮かべながら、
京之介さんはわざとらしくため息を落とした。
「うち、ちょい仕事入ってもうたわ。……せやけど……また明日来るから。安静にしとってや……♡」
「ぁ、わざわざ……ありがとうございました……」
愁くんは律儀に頭を下げる。その横顔が真面目すぎて、見てる僕の胸がちくりとする。
「んー、ええんよ……愁……♡」
京之介さんはそう囁いて、するりと愁くんの耳元に顔を寄せた。
低い声で溶かすように囁いたかと思うと――
チュ……♡
頬に甘すぎる音を残した。
愁くんが思わず小さく声を漏らす。
「……もぉ……」
その恥じらいがまた京之介さんの唇を艶やかに
歪ませた。
「んふ……♡ほな……」
朱を含んだ髪を揺らして振り返りざまに、僕と
凛くんへも、ひらひらと手を振り。
「あぁ……ふたりもまた明日、よろしゅうね……♪」
その余裕たっぷりの仕草に、胸の奥がぎゅっと
苦しくなる。
***
京之介さんが病室を出て行った瞬間、張り詰めた空気が一気に軽くなって。
僕は「……はぁぁぁぁ……っっ」って思わず
大きなため息が漏れた。
さっきまで近づくことすら出来なかった愁くんに、もう我慢できなくて駆け寄る。
「愁くん……!」
ぎゅうっと抱きしめると、横から凛くんも同じように抱きついてきた。
「愁ちゃん……ボクら、今日は……ほんと、大変だったんだから……!」
凛くんの声は甘えたみたいに震えてて、僕も同じ気持ちだった。
愁くんは、そんな僕らの心を全部受け止める
みたいに、静かに笑ってくれる。
「ごめんなさい……ふたりとも。まさか京之介さんが『日向』を手伝うなんて……俺も予想外で……」
そのまま、僕らを両腕でぎゅっと抱き寄せてくれた。胸の奥がジン、と熱くなって、涙が出そうになった。
「愁くん……♡」
「はぁ……♡……さっきまでの怖いのとか、嫌な
気持ち……ぜんぶ飛んでっちゃうよ……♡」
凛くんと同時に言葉をこぼして、僕らは完全に
愁くんに甘えてた。
今更ながらお見舞いに来て、入院してる彼氏に逆に癒されてるって、なんだろ……。
まあ……気持ちいいから……いいか……♪
「明日検査して、問題なければ明後日には退院できそうです。すぐに働けますから、あと少しだけ待っててくださいね。」
そう優しく告げられて、僕らは思わず顔を見合わせた。
「嬉しいけど……でも……愁ちゃん、無理しちゃダメだょ……」
「そうだよ、愁くん……無理して、なにかあったら……」
僕らの言葉に、愁くんはふっと照れたみたいに笑う。頬を少し赤らめて――
「ありがとう。でも……本当は俺の方こそ、
ふたりがいないと寂しくて……。ふふ……♪ダメ
ですね、俺……」
その一言で、心がじんわり蕩けていった。
「はぅ……♡」
「……愁ちゃん……♡」
僕も、きっと凛くんも、胸がキュンキュンして、顔が真っ赤になって。
気がついたら……結局、ふたりしてこの病室に
泊まることにしていた。
決して、絶対に、いやらしい気持ちがあるわけ
じゃない。
ただ――大好きな彼氏に、もう寂しい思いを
させたくない――
僕と凛くん、ふたりの心が、同じ想いで
ぴたりと重なっただけなんだ
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