106 / 173

第百六話

「「ただいま〜」」 まだ外は真っ暗な早朝4時。 今日は、僕と凛くんで愁くんの病室に泊まったから……やましい気持ちなんて、ひとかけらもない。 ほんとに。 「えへへ……♪愁ちゃん、元気になってるね……♡」 「うん……♡」 にっこり微笑みあう僕と凛くん。 お腹の奥がぽかぽかして、幸せが溢れそうだった。 ――けど。 ダイニングの椅子に腰を下ろした瞬間、同時に「「はぁ〜……」」ってため息が出ちゃった。 もちろん理由はひとつ。 京之介さん……。 今日も絶対、僕らを振り回すに決まってる。 しかも週末……『日向』にとって一番忙しい日 なのに! 「ねぇ、凛くん……」 「なぁに?」 「凛くんの……その、スーパーパワーで 京之介さんを……どうにか、できたりしない?」 つい甘えたくなって口にした僕に、凛くんは即座にピシャリ。 「それは無理だよ、葵ちゃん!」 ビシッ!と空気が鳴るくらい強い否定。 「え……そんなに凄いの……?」 思わず聞き返す。 「凄いなんてもんじゃないよ」 凛くんは肩を落としつつ、小さく首を振った。 「多分、ボクらの仲間の中でも……一番か二番目くらいに強い。ボクのワイヤーなんて届く前に やられちゃう……」 そうなんだ……けど、納得……あの眼力だけで、 僕も、凛くんだって身体が固まっちゃったんだ もの。 そして少し視線を逸らして、ぽつり。 「……それにね。あんな京兄ちゃんだけど、 ボクと愁ちゃんを大事に育ててくれた……大好きな兄ちゃんだから。戦うなんて、無理だよ。」 静かに呟く凛くんの顔を見て、僕は胸がちくんとした。 そうなんだ……変な人だし圧が強すぎるけど、 確かに悪い人じゃないんだよね……。 「でも……愁ちゃんが退院したら、京兄ちゃん、きっとこっちに居着くんだろうなぁ……」 凛くんがぼそりとこぼす。 「居着くって……どういうこと?」 「あぁ……うん……絶対、誰にも秘密だよ、 葵ちゃん」 「ぅ、うん」 ぐっと顔を近づけられて、僕は思わず喉が鳴った。凛くんは声をひそめて囁く。 「ボクらの今までの任務ってさ、第1段階で…… それが殆ど終わったんだ」 終わった……そういえば昨日、愁くんも似たこと言ってた……。 「でね、第2段階はすごーく気長で……ボクらは それを見守るだけ、って感じ。だから京兄ちゃんも、これまでみたいにはあちこち飛び回らなくてもよくなる……」 言いながら、ふぅ、とため息を落とす凛くん。 「だから、愁ちゃんLOVEな京兄ちゃんのことだから……多分……」 つまり……京之介さんは、この街の近くに、ずっと……? 「それは……なにか考えなきゃ、ね……」 「うん……だけど……う〜〜ん……」 しばらくの間、ふたりでテーブルに突っ伏して 悩んでたら―― 「……あッ!」 ガタァッ!! 突然、凛くんが椅子を鳴らして立ち上がった。 「えっ、な、なに!?」 「愁ちゃんだ……」 ぽつりと呟く凛くんに、僕は目をぱちくりさせた。 「愁くんが……どうしたの? ひょっとして、 愁くんって京之介さんより強い……とか!?」 「ちがうよ」 凛くんはすぐに首を振る。 「確かに、愁ちゃんもかなり強い。でも 京兄ちゃんには勝てない……けど……」 「けど……ぁ……」 言葉を濁して、凛くんがずいっと僕の方へ近づいて。 グッと顔を寄せられて――まるで天使みたいな 顔が、目の前いっぱいに広がる。 そんな顔で近づかれたら……ドキドキして、 顔が熱く…… 「こ、こら……何、考えてるんだ……」 「葵ちゃん、耳かして……」 「はぅ……うん……」 小声で言われて、なんで2人きりなのに?とか 思ったけど耳を傾ける。 凛くんは唇を寄せて、甘くも怪しい囁き声で―― 「で……こうしたら……ね……」 ――その瞬間。 「ええええええええええッッッ!!?!?」 バァンッ!!と椅子がひっくり返るほど立ち上がって、肺の限り叫んでしまった。 ご近所迷惑になるくらいの声量で。

ともだちにシェアしよう!