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第百十六話
「むにゃ……んん……」
ふわっと鼻をくすぐるのは、お味噌汁のいい
香り。それに、トントントンって野菜を刻む
包丁の音。
……今朝は、焼き鮭かな?
あれ、好きなんだよね……愁くんの焼いた鮭。
塩味強めで、皮がパリパリで、香ばしくて――って
「はっ!?」
気がついたら、ソファの肘置きに頭を乗せて
寝ちゃってたみたいで、慌てて布団を捲って
身体を起こした。
……この布団は、きっと愁くんが掛けてくれた
やつ。
ちらっと横を見たら、反対側の肘置きに凛くんがすやすや眠ってて、同じように布団が掛けられてる。
カーテンの隙間から見える外は薄暗い。いつもの早朝。
……昨日、寝落ちしちゃったんだな。チョコを
愁くんに食べさせたところまでは覚えてる
けど……その後は、ぷつりと記憶が途切れてる。
ふとキッチンを見やると、エプロンを着けた
愁くんが料理している後ろ姿。
「ほ……」っと、安心の息が漏れる。
――きっと、チョコを食べて愁くんも寝落ちしちゃったんだ。
作戦は失敗だね。まぁ、成功してたら相当
恥ずかしかっただろうし……これで良かったの
かも……また、何か考えなきゃね……。
そんなことを思いつつ、「ん〜〜っ」って伸びをひとつして立ち上がり、キッチンへ近づいて。
「おはよ♪」
って、いつも通り声をかけたら、
「……ぉ、おはよう……ございます……」
返ってきたのはやけに暗いトーンの声。
おかしい。普段なら振り返って、心が蕩けるような笑顔を見せてくれるはずなのに。
「愁くん……?」
横に立って顔を覗き込むと――血の気が引いたみたいに青白くなってる。
「ど、どうしたの……お腹痛い……?それとも
まだ怪我の影響とか?あの病院、連れていって
あげようか……?」
「ありがとうございます……けど、体調は大丈夫です……」
暗い。とにかく、何もかも暗い。
「だったら、どうしたのさ?」
「それが……なんというか……」
それに視線が落ち着いてない。なんか、怒られる寸前の子供みたいな……。
「……みんなで、映画見てたところまでは覚えてるんですけど……そこから先の記憶がなくて……」
……あ。
「ッ……そ、そうなんだ……おかしいね、変だね、不思議だね。」
慌てて誤魔化すけど……やっぱりチョコの魔法、効いてたんだ……。
やっぱり愁くんに、悪いことしちゃったな……。
お酒が練り込まれたチョコが原因って、愁くん
未だに知らないし。前の凛くんの時も、結局
あんまり説明してなかった気もするし……
今回は、僕も作戦にのった共犯だ。
ここはちゃんと、謝らなきゃ……
「愁くん……ごめんね、実は……」
そう言いかけたら
「……起きたら、裸で、寝室のベッドで寝てて……横を見たら……布団の中で京之介さんも、寝て
まして……」
なんか……とんでもないことを告げられて、思考が止まった。
「ん……?」
さらに愁くんの追い打ち。
「……しかも、京之介さんも、ほぼ全裸で……」
真っ青な顔で、震える赤い瞳。
「……まだ、京之介さん、寝てるんですけど……起こして……聞く勇気が、無くて……」
その場に膝をついて
「……ひょっとして、俺……記憶の無い間に……
とんでもないこと……してしまったんじゃないかって……」
僕を見上げて……。
「……葵さん……ごめんなさい……ごめんなさい……葵さんが……大切な恋人がいるのに……俺……凛の
ときも……葵さんの好意で、受け入れてもらえたのに……ごめんなさぃ……」
愁くんの口からは謝罪の言葉のオンパレード……ふるふる震える瞳からは……涙が零れそうだった……。
僕は、とんでもない事をしでかしてしまったと謝罪の気持ちで、胸がいっぱいになった。
もう今にも泣きそうな愁くんを見てらんなくて、僕も膝をついて彼の肩を掴んで、
必死に励まそうと
「ま、まだ分かんないじゃないか……ね?
きっと、そう!ふたりで寝ちゃっただけだよ。
ほら、ちょっと暑い気もしたし……脱いでただけかも……」
なんて言ってて……なんか無理あるな……
もう秋だし……
なんて思ってたら――
「おはよう……愁……♡ それに葵ちゃんも……♪」
京之介さんが、ふわっと愁くんの背中に抱きついてきて、僕はその格好に思わず息をのんだ。
前を留めてないシャツ一枚から覗く、色っぽい
上半身に……下は、ふんどし……なのかな?
細い布が深く割れ目に食い込んでて、ほとんど
Tバックに近くて……セクシーなお尻の形を、余計にセクシーに際立たせて……とにかくエッチだったから。
そんな京之介さんに
「ぉ、おはようございます……じゃなくて……
きょ、京之介さん……昨日は……」
って、愁くんが恐る恐る訊くと――
「んふ……♡ 昨日は愁に、うちの初めてを
あげた……記念日やな……♡」
「「えッ!?」」
思わず、愁くんと声がハモる。
京之介さんは頬を赤く染め、もじもじとお尻を
揺らして。
「いっぱい、キスしてもろうて……♡ 甘やかされて……♡ えらい気持ちようしてくれて……♡ お腹の中、まだ愁でいっぱいの気ぃすんで……♡」
うっとりと自分のお腹を撫でながら言う姿は、色っぽいを通り越して卑猥なくらいだった。
「んふ……♡ ほんま、またしたいけど……仕事が待ってるさかい……ふふ♡ とりあえずシャワー借るなぁ……♪」
そう言って羽織っていたシャツを脱ぎ捨てて――
すらりとした長い脚で脱衣室へ歩いてく京之介
さん……
僕と愁くんは、ただただ、歩きながら布の食い込むお尻が揺れてるのを、無言で見送るしかなかった。
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