117 / 173

第百十七話

 キッチンの床に、膝をついたままの 僕と愁くん。京之介さんがシャワーを浴びる 音が、遠くで響いてた。 「ごめんなさい……っ、愁くん!」 気づけば、声が震えていた。 「ぃ……いえ……葵さんが謝るようなことは なにも……俺が……」 「違うんだ……僕のせいなんだ……」  ……僕は全部話した。  愁くんが京之介さんと抱き合ってしまったのも、記憶が曖昧なのも、全部チョコのせいだってこと。  お酒の練り込まれたチョコを食べると、愁くんは大胆になってしまうこと。 凛くんのときだって、偶然そうなってしまったんだってこと。  そして――。  京之介さんが来てから、僕は振り回されてばかりで。あの人が、愁くんに特別な想いを抱いているのが明らかで……。 だから愁くんが奪われてしまうんじゃないかって怖くて……怖くて……。  僕なんかが、力や魅力で京之介さんに敵うわけ がなくて……でも……愁くんとイチャイチャしているところを見せつければ、京之介さんも諦めて くれるんじゃないかって思って……。 そんな浅はかなことを……考えてしまったんだって、全部話した。 「だから……“ごめんなさい”は、僕の台詞……」  全部話したのに、愁くんは俯いたまま。僕を 見てくれない。 その沈黙が、まるでふたりの間に隙間を作った みたいで……息が苦しくなるほど怖くなった。 「愁くん……。愁くんは全然悪くないよ……僕が 悪いんだ……だからさ……顔をあげてよ……」 震える手で触れようとした瞬間、愁くんが顔を 上げて、その手を掴んだ。 いつもよりちょっと、ほんのちょっとだけ強く掴まれた手は――もちろん痛くない。 痛くないけど、切なさを感じた。 「いえ……葵さんは……悪くない。やっぱり、悪いのは……俺です……」 「ぇ……」  愁くんは、笑ってくれた。 けど……その笑みは弱々しくて、どこか寂しそうで……。 「俺が……不安にさせるから……。葵さんに、 そんなこと、させてしまったんでしょ……」  赤い瞳から、一筋だけ涙が零れ落ちた。 愁くんはそれを自分の指で拭って、かすかに 笑ったまま 「……さ、朝ごはんももうすぐ出来ますし。膝が痛くなっちゃいますから……立ちましょ、ね……」  そう言い。掴んでくれた手に導かれて立ち上がると、その温もりはすぐに離されてしまった。 「ぁ……う……あの、愁く……」 怖くて声をかけたけど、愁くんは首をかしげるだけで。 「……なんですか……?」 その仕草に何も言えなくなってしまう。 あぁ……僕は本当に、とんでもないことをしてしまったんだ――そう、痛いほど思い知らされた。

ともだちにシェアしよう!