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第百二十四話

 深夜……というより、もう空が白みかける 早朝4時。 愁くんとふたり、やっとアパートに帰りついて。 「「……た、ただいまー……」」  ひそひそ声でそろって呟く僕と愁くん。 足音を殺して、忍び足で廊下を進む。 「凛を、起こさないように……」 「……うん……ごめんね……結局、こんな時間……」 「……俺の方こそ、葵さんが可愛くて……止められませんでした……」  そう、ひそひそ囁く声が、甘すぎて 「はぅ……♡ も……ばか……♡」 気づけば僕の身体は、また愁くんを欲しがってた。  さっきまで、お店であんなに何度も抱かれて……なのに……。 「ッ……葵さん……朝ごはん……準備……」 「……もうちょっとだけ……5分……ううん、10分だけ……すぐ出来る……僕の……まだ、とろとろだから……ここで……さ……」  小さな声で縋りつけば、愁くんは困った顔。 でもしっかり抱き返してくれる腕は、やさしくて温かくて……僕の背中が、廊下の壁にとん……って当たった。 「……5分だけ……ですよ……」 「……15分は……?」 「だめですょ……」 「……ケチ……ふふ……♡」  笑い合って、吐息が絡んで、唇が触れそうに なったその瞬間―― 「……おかえりなさい、ふたりとも。」 「はぅッッ!!?」 心臓が喉から飛び出るかと思った。 視線を向ければ、いつの間にか真横に凛くんが 立ってた。 「……ただいま、凛。」  愁くんは気づいて、即僕から少し離れて、平然と挨拶を返してる。ズルい……。 ……僕は胸のドキドキがおさまらなくて、声すら出せないのに。 「こんな時間に起きてなくてよかったのに……」 「ぷぅ……京兄ちゃんと晩ご飯行って帰って きて、それからずーっと待ってたのっ!ちょっとは遅くなると思ったけど、普通に朝帰りだし……もぉ……!」  頬をぷくっと膨らませた凛くんは、ほんと ハムスターみたい……怒ってるはずなのに、 そんなに可愛いなんて反則だよ。 「その京之介さんは?」 「帰ったよ。ちょっと用事あるんだって…… でも『日向』には手伝い行くって伝えとい てって……。そんなことより愁ちゃん…… ボク、寂しかったんだから……」  しゅんとした声に、胸がちくっとした。 ……そうだ、僕達がお店で抱き合ってる間…… 凛くんは1人。……寂しくさせちゃったんだ……。  少し俯いて、寂しそうにしている凛くん。 それを見て愁くんはすぐ傍に寄って、頭を撫でるみたいな声で囁いた。 「……ごめん。寂しい思いさせて……お詫びに 朝ごはん、凛の好きなもの、なんでも用意する から……ね?」  その優しさに、凛くんの頬がふっと赤く染まって、視線を上げる。 「そ、そんなんじゃ……誤魔化されないからね……」 って言いながら、抱っこされるのを受け入れてる。  ……離れようとしないあたり、ほんとに 可愛い。ツンデレは……ズルい。 「……どうしたら、許してくれる……?」 「んーー……そうだな……」  凛くんは少し考えて、ほんのちょっとの沈黙 のあと、ぱっと花が咲くみたいに笑って。 「じゃあ……デート!ボクと愁ちゃん、ふたりっきり……!してくれたら、許してあげる……」 その言葉に愁くんは迷わず、にこって微笑んで 「うん、いいよ。凛の行きたいとこに行こう、ね……♪」 って答えると。 「やったー♪ 約束だよ、愁ちゃん♡ 木曜日ね♪」 「……学校は?」 「えへへー♪ クラスのみんなは寂しがるだろうけど、1日くらい大丈夫! ほら、ボク病弱って設定だし……♪」  ぴょんっと跳ねるように笑って、くるりと身を翻す健康そのものの凛くんは。 「あっ♡ それと朝ごはんは、カリカリベーコンと、甘いスクランブルエッグと、納豆!  ボク、シャワー浴びてくるね♪」 忘れず愁くんにリクエストして、踊るみたいに 嬉しそうに脱衣所へ消えてった。 その姿が凄く可愛くて、胸がちょっと温かくなって……やっとドキドキから解放された 気分……。僕と同じく見送った愁くんは、 小さく笑って。 「……朝から元気だな、凛……ふふ……♪」  まるで弟を甘やかすお兄ちゃんみたいに優しい笑顔。僕は思わずつられて笑ってしまった。 「ふふふ……♪」 「ぁ……その、いいですか……木曜日、デートみたいなんですけど……」 「ん……いいよ♪ 凛くん、大事にしてあげなきゃ……僕も、ちょっと反省……ふふ♪」 「……ありがとうございます……ッ♪」  お礼を言う愁くんも、なんだか可愛くてたまんなくて僕は微笑んで抱き着いて、小声で囁いて。 「……凛くん……30分くらい……シャワーかかるよ……ふふっ♡ 」 「っ……もう……20分だけ……朝ごはんの準備しなきゃですから……」 「わかってるよ……♡ ンッ……♡ 」 ……さっきの続き、忘れてないんだから……♡ 静かな玄関で、甘い熱がまた、じんわりと昂っていった。

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