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第42話
俺の中で何が起こったのかよく分からないけど、翌日も、そして前日である火曜日も無事に火を起こす事が出来た。
「いいの?平日なのに」
「いいっす。もうすぐ一緒に暮らすし、先輩の傍にいたいんで」
迎えた水曜日。
こないだ泊まった時に父が無理強いはしないけど松若くんも次期頭領の妻として立ち会えたら……という話をしていた事もあったのか、松若くんが一緒に参加してくれて、その後家に泊まってくれる事になった。
「ありがとう。すごく心強いよ」
部活で疲れてるのに。
帰り道、待ち合わせて一緒に乗ったバスの中で俺にくっついて寝ていた松若くんを思うと、絶対に成功させなきゃいけないという気持ちになった。
食事を食べた後、俺は父、チロ、松若くんと共に兄ぃとコシンプが住むはずだった家に向かった。
「繋、この木に服を着せなさい」
「はい」
家の前には兄ぃとコシンプの代わりという丸太が置いてあり、俺は父とそれに兄ぃとコシンプが着ていた浴衣を着せる。
家を焼く時はその事を兄ぃたちに伝える為にこうするのだと父が教えてくれた。
「頼んだぞ、繋」
「……はい……」
兄ぃ。
この瞬間だけでいい。
もう一度、もう一度だけ会いたい。
そう思いながら意識を集中させると、炎が手を包んでいくくらい出てくる。
「兄ぃ……」
その代わりの丸太に、家に、俺はその手を伸ばした。
炎が徐々に広がり、大きくなっていく。
『繋』
「兄ぃ!!コシンプ!!」
揺らめく炎の中に、俺は死装束を着た兄ぃと白い着物を着たコシンプを見つけた。
『久しぶりだな、繋』
『ご立派になられたお姿、このような形ですが拝見できて嬉しく思います』
コシンプの肩を抱きながら話すその声に、俺は涙が溢れた。
『父さん、ご無沙汰しております。突然このような事になってしまい、大変申し訳ありません』
「謝るな、魁人。お前は一族の務めを果たしたまでだ。私はお前を誇りに思っている」
兄ぃが父に語りかける。
父はいつもの口調で言葉を返した。
『ありがとうございます。こちらは元気でやっています。コシンプとの間に子供も出来ました。父さんたちに見せられないのが残念です』
「そうか、幸せに暮らしているのだな」
『はい。一族の皆さんと穏やかな日々を過ごしております』
兄ぃ、幸せなんだ。
良かった。
けど、やっぱり寂しいよ、兄ぃ。
『繋さま、お隣の方が奥方さまですか?』
「う、うん。雅美くんだよ」
「は、初めまして……」
松若くんにもふたりが見えているようで、驚きながらもふたりに挨拶してくれる。
『繋はなかなかマイペースだから大変だと思うけど、よろしく頼むよ』
「……はい。おふたりの分まで先輩の事、嫁として支えていきます」
「松若くん……」
俺の手を握ると、松若くんは兄ぃたちにそう言ってくれた。
俺はすごく嬉しくて、その手を握り返しながら泣いてしまった。
『しっかりした方が奥方さまで安心ですね、御頭様』
「あぁ。年下だが繋と上手くやっていってくれているから私も安心している」
コシンプの言葉に、父は穏やかな表情を浮かべた。
『良かったな、繋。幸せになれよ。家の事、頼んだぞ』
「兄ぃ!!」
炎の中にいたその姿が徐々に消えていく。
「繋、もうこれ以上はダメだよ!!」
俺が松若くんから離れて叫びながら兄ぃの方に手を伸ばそうとすると、チロに止められる。
「俺、俺、ちゃんと兄ぃの代わり頑張るから、松若くんの事、ちゃんと幸せにするから、だから、だからまた会いに来てくれよ、兄ぃ!!」
諦められなくて、消えそうなその姿に向かって俺は叫んだ。
『お前、そんなに泣いてたら奥さんに笑われるぞ?身体ばっかりデカくなって中身は昔のままだな。でも、そんなお前が俺は可愛くて仕方ないよ。繋、俺たちはもう住む世界が違うんだ。お前は俺の分まで人を、家を守っていかなきゃいけないし、俺は俺でこっちの暮らしがあるんだ。お互いまた会える時まで今いる世界で精一杯生きよう。じゃあな』
「あ……」
兄ぃとコシンプの姿は消え、その跡には燃え尽きた丸太が残っていた。
「兄ぃ、兄ぃーーっ!!!!」
俺の声が辺りに響き渡る。
「繋」
泣き叫ぶ俺を、父が抱き締めてくれた。
「よくやってくれた」
「父さん……」
そう言って俺の背中をさすってくれた父の手は震えていた。
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