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【25】前世での師匠は、今世でも師匠かもしれなくて遺跡の発見者だった。

 ――前世で剣の師匠だったガイルがやって来たのは、秋も間近な頃だった。  だいぶ暑さが消えたが、まだ寒いとは言えない。  過ごしやすい季節のその日、ガイルは俺を訪ねてきた。  王宮に、彼が所属する冒険者パーティが発見した、新しい遺跡の報告に来た帰りである。そう、これは、前世でも記憶がある、新しい遺跡の発見という事件だ。何らかのフラグである気がする事柄である。俺はここに来てようやく、遺跡の発見者がガイルだったのだと思い出した。 「よく来てくれたな」 「おう。フェル殿下に会えるなんて、大幸運だ。遺跡さまさまだな」 「いつでも顔を出してくれ」 「ありがとうございます」  頷いて満面の笑みを浮かべながら、軽くガイルが会釈した。  冒険者の彼は、非常にたくましい体つきをしている。精悍な表情で、頼りがいがありそうだ。さらに明るい性格で、見ているものの心を開かせる。前世と全く変わらない。その姿に、俺も自然と笑顔が浮かんでくるのを感じた。 「逆にフェル殿下を連れて、俺は一緒に大陸を回ってみたいけどな。旅も良いぞ?」  俺はその言葉に、短く息を飲んだ。  それは、考えたことがなかった。だが、旅に出るというのは、ドロップアウトには最適な選択肢ではないのか!? 開眼した気分だった。ゆったりと穏やかに旅をするのもまたスローライフの一形態であるとも考えられる。 「考えてみる、真面目に」 「嬉しいなぁ。旅に行く時は、声をかけてくれ」 「勿論だ」  大きく頷いてから、俺は木に背をあずけた。現在は、王宮の裏手にある鍛錬場にいるのだ。前世では、ここでいつも剣を教わった。その思い出が懐かしくて、俺はガイルが来ると、散歩と称してここへと誘っているのだ。ガイルが何も言わずについてくるのは、最近では雑談後に、手合わせをしているからである。今日もその予定だ。 「今回みたいに新しい遺跡を発見したり、毎日が新鮮だぞ」 「――遺跡か。どんな遺跡なんだ?」 「俺達の予測だと、始祖王の墓だ」  俺の前世の知識と同じだった。  だがここ最近、始祖王という存在は不死らしいと耳にしているため、『墓』というのが不可思議でもある。ただ、始祖王の墓は、あまり興味がない俺でさえも、五つは知っていた。以前出かけた始祖王廟の庭にも、墓だとされる石碑があった。 「大陸最古のものだと思うんだ。ロマンがあるだろ?」 「そうだな――最古、か。何か根拠はあるのか?」 「一応な。この国の三代目国王陛下、隣の帝国歴だと初代皇帝陛下の治世の頃から、始祖王神話は、少し手が加わっているんだ。今、大陸中に広まっているのはそちらなんだ。それで俺と仲間内のパーティは、変更前の神話が刻まれている遺跡に何度か踏み込んだことがあるんだ。そこの壁に書かれていた神話は、風化して読めない部分が多かったんだが、今回の遺跡では、それが全文読める。理由は、当時の魔術がまだ残存しているからで、その魔術というのは、始祖王の三番目の召喚獣――つまり今、フェル殿下が従えてるラクラスの時空魔術の効果なんだ。他の遺跡にそれがないのは、既にラクラスが始祖王のもとを離れたから――ようするに、始祖王が亡くなったからだと見ている。今回見つかった墓は、まだ始祖王が生きているうちに建造されたもので、亡くなる前にラクラスに記録させたんじゃないかなぁ、とな」 「どんな神話が書かれていたんだ?」  俺が尋ねると、ガイルが筋骨隆々とした腕を組んだ。 「始祖王は、人の心や記憶が読めたらしい。だから、自分に害なすものは、害される前に分かるそうだ。よって、この墓石を傷つけることはできないし、傷つけたら呪いが降りかかる――ま、あれだな。墓荒らしへの警告だ。要約するとこうなるんだが、これを長ったらしく華美な比喩で飾り立てて古代語の暗号で彫ってあった」 「そんなどこの墓地にもありそうな警告が、なぜ各国で手を加えられて削除されていたんだ?」 「さぁな――それより殿下。そろそろ血が騒いでるんじゃねぇのか?」 「ああ。手合わせを頼む」  たまにしか会わないガイルの前では、俺は無気力な姿などかなぐり捨てている。  本当の俺をそのままに出して、持参した剣を構えた。  正面では、ガイルも剣を抜く。背負っていた大剣だ。  はじめは緊迫した空気が流れた。  どのように動こうか、だが迷ってばかりいれば、すぐに負ける。  思案しながら、俺は大地を蹴った。  俺の剣が風を切る。続いて響いてきたのは、ガイルが受け止めた音だった。  ――やはり強い。  何度か刃を交え、俺はそう思った。ガイルは今世でも、紛れもなく俺の剣の師匠と言える。本当に再会できて良かった。そんな思考に一瞬絡め取られたのが悪かったのか、俺の剣はそこではじかれた。高い音がして、剣が宙に飛んでから、地面に突き刺さった。  息を呑む。ガイルは俺の隙を見逃さず、俺を押し倒して、俺の真横の地面に剣を突き立てた。心臓が止まるかと思った。見上げれば、真正面にガイルの顔があった。そして――……!? 「っ」  俺は口付けをされていた。突然の事態に目を見開く。  何故、俺はガイルにキスをされているのだろうか。 必死にもがくと息苦しくなった。頬が熱くなってくる。  唇と唇が触れているだけなのだが、妙に恥ずかしい。  慌てていたら、ガイルが俺を抱き起こして、両腕を回してきた。  そして強く抱きしめられた。 「俺は、フェル殿下の事が大切だ」 「……」 「もっとずっとそばにいて、俺の剣でお前を守れたらなっていつも思ってる」 「ガイル……」 「本当に、一緒に旅に行かないか?」 「……」 「さっきの考えるって言葉、今もずっと頭に残っていて、今日は剣が鈍った」  あの速度でも鈍っていたのかだなんて、関係ないことを考えて俺は現実逃避を試みた。 「それがフェル殿下の本心なのか、そればっかりを気にしてた。ああ……俺も神話の王様みたいに、人の心が、フェル殿下の心が読めたら良いのにな」  俺は何を言っていいかわからない。 「俺はお上品じゃねぇから率直に言うが、身分違いは嫌というほど承知してる。けどな、俺はフェル殿下のことが――」  ガイルがそう言いかけた瞬間、そばでボキリと枝が折れる音がした。  誰かが踏んだらしい。慌ててみると、茂みからこちらへ向かって歩いてくるユーリスが見えた。あちらには、こちらに気づいている様子はない。手の上には、書簡を大量に持っている。執務室への近道を通っているのだろう。  それを見て、慌てたようにガイルが身を離した。 「わ、悪い殿下。つい抑えが効かなくなった」 「あ、ああ……」  無くなった体温と力強い腕の感覚が、まだはっきりと残っている気がしながら、俺は頷いた。なぜなのか恥ずかしくて恥ずかしくて、頬が熱い。 「今日はもう帰る。また、本当に来ても良いか?」 「勿論だ」  こうして俺は、走るように帰っていったガイルを見送った。  そして、地面に突き刺さっている自分の剣に手をかけた。地面から引き抜く。  嘆息しながら空を見上げた。のどかだが、本当に混乱してしまっていた。  だから空を眺めて、心を落ち着けようと思ったのだ。  どれくらいそうしていたのかはわからない。 「随分とモテますね」  そこへ、ふと声が掛かって我に返った。ギクシャクとしながら振り返ると、そこには口元に笑みを浮かべて、こちらを楽しそうに見ているユーリスの姿があった。既に書簡はおいてきたのか、白い手紙を一通手に持っているだけだった。帝国の蝋印で封がされている。そういえば、今年も即位式典の季節だなと思い出した。その関係だろう。 「モテすぎもお辛いのでは?」 「べ、別に? どういう意味だ?」 「また一つ貸しですよ。俺は枝に恨みはなかったんですが、フェル殿下のために枝には折れてもらうことになりました。ポキって。あの音がなかったら、どうなっていたんでしょうね」 「っ、げほ」  俺はうろたえた。ユーリスは……気づかず通り過ぎたのではなく、しっかりと先ほどの俺たちの光景を見ていたということである。一気に羞恥に駆られた。 「そうそう、遺跡の視察が決定しましたよ。今年は、帝国の式典には、ウィズ第一王子殿下が行くそうなので、日程的に、立ち会う王族は、フェル様となりますね。始祖王の墓である可能性が高い以上、王家の方に立ち会っていただかなければなりません」 「そうか。日取りを調整してくれ」 「わかりました。病弱なのに鋭い剣さばきをいつの間にか身につけて、無気力なのに率先して生の冒険者に手合わせを打診するフェル殿下のご予定の管理はお任せ下さい」  俺はむせた。激しく咳き込んだ。  そんな俺に対して吹き出すように笑うと、ユーリスは踵を返してその場を後にしたのだった。

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