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【24】気まぐれな召喚獣の話を兄としながら気配を探った生誕祭。

 ――ずっとラクラスに抱きしめられて眠っていたから、一人だと寂しい。  気づきたくなかったそんな事実に、俺は毛布にくるまりながら少し悩んだ。  俺の中で、そばにいてくれるラクラスの存在は、非常に大きなものらしい。  とはいえ、最初はそう思ったが、だんだん慣れてきた。  それにしてもどこにいったんだろう?  時折そう考えながら過ごすうち、俺は十九歳になった。  わかっているのだ、自分から喚び出せば良いのだと。  だが、喚ぶ用件がない……。聞きたいことはあるのだが、もっと確固とした理由がなければ、鬱陶しいと思われそうで怖い。思わずため息をこぼしながら、俺はラクラスが好きだった紅茶を飲んだ。  ラクラスが、いなくなった時と同じように、ふらりと帰ってきたのは、夏の夜のことだった。熱帯夜のその日は新月で、俺がテラスから外を見ていたら、目の前に現れたのだ。 「ラクラス」  思わず短く名前を呼んだ時には、俺はラクラスの腕に抱きしめられていた。  ギュッと回された腕で、腰を引き寄せられる。久しぶりのことだからなのか、低いラクラスの温度に、ドキリとしてしまった。  どこに行っていたか聞きたいが、ラクラスは、そういうのが好きじゃない。  干渉されるのが嫌いなのだ。よくそう知っているから、俺は何も聞かずに、ただ静かにラクラスの腕の中にいた。すると顔を上げたラクラスに、じっと見据えられた。 「おかえり」 「ああ――……ただいま」  ラクラスは頷くと、綺麗な指先で、俺の唇をなでた。  それから端正な目を伏せて、俺の額に唇を落とした。 「フェル、俺のそば以外のどこにも行くな」 「どこかに行っていたのは、ラクラスだろう?」 「そうだな」 「どうしたんだいきなり? とにかく中へ入れ」 「――ああ。不思議だな、お前はすぐ死ぬ人間なのに、どうしてそう思って割り切れないんだろうな」 「ラクラス?」 「フェル、俺はお前がただの人間だとは思えない」 「それは――俺達が召喚契約を結んでいて、俺が主人だからか?」 「馬鹿が。そういう意味じゃない。『特別』だってことだ」  再度俺をラクラスが抱きしめ直した。  おずおずと俺も彼に腕を回してみる。すると、ラクラスの背中に、これまでは無かった長剣がかかっていることに気がついた。 「これは?」 「気にするな――久しぶりに紅茶が飲みたい」  そう言って、やっとラクラスが微笑したから、俺は頷いて、中へと戻ることにした。  嵐の前日の夜だった。  ソファに座り、俺は、ラクラスの好むヒルイア花の果実から作ったジャムを紅茶に入れた。この果実は魔力を含んでいるため、召喚獣には古くから人気があるらしい。淹れながらもやはり気になったので、長剣を一瞥する。剣の柄には無数の歯車が描かれていて、刀身は右側へと三日月のように曲がっているのだが、その内側が波打っている。黒曜石が散りばめられている、黒い剣だった。何か、聖なる気配が漂ってくる。  そうだ、聞かなければと、俺は思い出した。ハロルドの言葉をである。 「聞きたいことがあるんだ」 「ん?」 「不死の始祖王を殺すと呪いがかかるとは、どういうことなんだ?」 「フェル、俺がついてる。俺はお前を呪わせたりしない」 「答えになっていない。そもそも――お前が仕えていたと言うんだから過去に始祖王は存在しただろうが、不死なんて人間にはありえない。実在するのか?」 「何も考えるな。俺がそばにいる」  ラクラスはそう言うと、一人満足気に頷いた。  そして、それ以上は何も言わなかった。これ以上は聞いても教えてくれないだろうと俺は悟った。だから嵐が外を過ぎ去るまでの間は、久しぶりにラクラスの腕の中で眠った。ラクラスに腕枕をされると、安心して眠れるから不思議だ。  兄の生誕祭があったのは、その数日後のことである。  実は兄との冷戦であるが――終結していた。まだ昔ほど仲が良いというまでには戻っていないのだが、兄の態度が軟化したのである。兄も大人になったのだろう。後宮をもつことはかたくなに拒否しているらしいが、ある日俺に、「お前と話ができないのがこんなに辛いとは思わなかった」と話しかけてきたのである。なんだかんだで、兄は良い奴だ。前世の兄であれば、自分から折れるなど考えられなかったが、今世の兄は違う。それとも、前世でももっと話をして、関係を深めていたら、こういった関係になっていたのだろうか? 俺にはよくわからない。 「誕生日おめでとうございます、兄上」 「フェル……! 会いたかったぞ!」  兄は、より一層父上に似てきた。遠目からなら、見分けが付かないかもしれない。なにせ俺達の父上は若いのだ。十歳は若く見える。どことなく年齢不詳にも思えるほどだ。白い首元の布を片手で撫でながら、シャンパングラスを一瞥している。俺はひとつとって兄に手渡した。  首元の布の上には、金色の留め具の鎖が垂れていて、その奥に、白金色の細工に縁どられた緑色の宝石が見える。これは、王家の直系長子に受け継がれる【永輪の翠玉】である。必ずしも王位継承者に渡されるわけではないが、ここまでの歴史では、結果的にそうなってきたようだ。なお、国王陛下の持ち物として、色違いの【遠廻の紅玉】というルビーがある。これを持ったものが国王となるので、現在は父が所有しているのだが、王に即位しこれを受け取った場合は、翠玉の方は一時的に第二王位継承者に渡されるらしい。前世で兄の即位を推していた勢力は、この翠玉の保持を挙げていたなとふと思い出した。だが今も昔も、俺は宝石に興味はない。 「そういえば、留守にしてた召喚獣が戻ってきたらしいな」 「ええ。ホッとしています」 「――実は……俺のユーピルテも、嵐の日から行方がわからないんだ。喚び出しても通じなくてな」 「え?」 「召喚獣とは気ままな存在だな」  兄上はそう言って苦笑したのだが、明らかに心配しているのがわかった。  気持ちは痛いほどわかる。だから俺は、気休めかもしれないが、慰めることにした。 「きっと帰ってきます」 「……そうだな。そうだよな! フェルが言うなら間違いない!」  すると仕切りなおしたように、兄が明るく言った。  頷きながら、俺は、ユーピルテの無事を祈ったものである。  兄と分かれてから、俺は――それとなく父上のもとへと向かった。  父はいつもと変わらず、非常に優しく柔和な表情だ。  疑うのが心苦しいほどなのだが、始祖王の神話を思い出すと、やはり考えてしまう。  そこで何か異質な気配がないか探ることにしたのだ。  全神経を集中させて、気づかれないように、父上の様子を伺う。  すると――……逆に、気配が全くないことに気づいた。  本来あるはずの、魔力の気配が無いのだ。これは、抑えているのだろうか?  どこか人形のようにさえ思えた。創りものが置いてあるような、器だけそこにあるような印象を受けたのである。気のせいかも知れない。今後もう少し探ろうと決意してから、俺は背後を一瞥した。  ――もうひとつ、というか、明らかに奇妙な魔力を別のところに見つけてしまったのだ。  俺は視界に近衛のライネルを捉えた。  いつも通り、寡黙で何を言うでもなく、俺の後ろに佇んでいる。  護衛をしてくれている。  ライネルは、召喚獣を持っているという話を聞いたことがない。  だが現在、ライネルからは、押し殺しているような、強い召喚獣の魔力を感じたのだ。  だというのに召喚獣の姿はどこにもなく、それとなく展開した探知魔術にもひっかからない。ただ、まるでライネル自身が召喚獣ではないのかと錯覚するほどに強い力が、確かに漏れ出していたのだ。どういうことだ?  ライネルが俺に危害を加えることはないと、俺の直感が言っていた。  だからといって、疑問を持たないわけではない。  悩むうちに時は流れ、その日のパーティは終了したのだった。

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